心配と信頼の加減は大切に
「エルフの……妊娠期間……ですか?」
自分の顎を落ち着かなさそうに触りながら、イベはマサルの質問に戸惑っていた。
マサルがそのことをイベに訊ねたのは、就寝前のお茶の時間だった。
このとき、イベの家にはマサルとイベしかいなかった。しばらくはマサルを独り占めしてしまうからと、リコが気遣ったのである。
この日はこのまま、マサルとイベだけで夜を過ごして、明日の朝、軽く食事をしてから出発することとなっていた。
ちなみにイベはどこで寝るかといえば、キンカおばさんの家である。バラニと一緒だそうだが、この組み合わせで果たして大丈夫なのだろうかとマサルは少し心配だった。
イベは捻挫している右手の包帯を少し気にしてから、マサルに答えた。
「あくまでうちの集落のエルフの場合ですけど、交尾をしてから大体、二百日ほどで出産します」
「二百……って、随分短いんだね」
単純計算で七ヶ月程度ということだ。この世界の妊娠判定がどう行われてるかはわからないが、多少は日数が前後したとしても、マサルが知っている人の妊娠期間よりは確実に短い。
マサルがそれについて語ると、イベはうんうんと頷いた。
「こちらの人族の妊娠期間は、マサルさんのいた世界と大体同じなはずですよ。体の造りが似たようなものなのだから、当たり前のことかもしれませんが」
「それを言ったら、エルフもそんなに違いがあるようには思えないんだけど……」
特徴的な耳を除けば、人間から見て美形が多い、ぐらいの違いしかマサルには感じられない。それだのにエルフは長寿である。
「エルフが長寿なのは、人よりも森に近いからだ、とは言われてますね。ふふ、でも自分の種族がどうして今の生き方をしてるかなんて、分かる人はいないと思いますよ」
確かにそうだろう。いつか科学か魔法によって体の仕組みそのものは完全に説明できる日が来たとしても、それだけで生きている仕組みや意味を証明できるわけではないのだから。
「イベさんの子供は、頭良くなりそうだなあ〜」
とぼけた風に言ってみたが、イベは首を傾げた。
意味をはかりかねているのだろう。
マサルはお茶の茶碗を置いてから、イベに言った。
「もし俺がいない間に妊娠がわかっても、心配しないで。必ず早めに戻ってくるから」
「まあっ! そんな心配をしてたんですか!」
よっぽど面白かったらしく、イベは笑いすぎて、怪我を痛がるぐらいだった。
彼女は落ち着いてから、あぐらをかいているマサルの膝にもたれかかって、言った。
「どうりで、急に妊娠の話なんてし始めるわけですね。うふふ」
「そんなに面白い話だったかなあ……」
「いえ、殿方って、こういうタイミングでそんな心配をするものなんだな、と……ふふふふ」
そう言われると、少し気まずい。
心配というやつは度が過ぎると、自分の尺度で物事を測ってしまうのと変わらなくなる。
「安心してください。子供ができていても、できてなくても。私はあなたの妻ですから。待っていますよ。だから、リコを守ってあげて?」
「……はい」
いろいろな言葉が頭を過ぎったが、どれも余計なことに思えて、ただただ、マサルは承諾した。
翌朝、マサルは三本のストローをイベに預けて、旅立ったのだった。