委任モードが無いストラテジーはやる気が減退する
一ヶ月にも満たない間にマサルの人生は目まぐるしく動き続けたが、彼は一つの重大な発見をしたのだった。
イベの言動には、人の気持ちを動かす力があるのだ、と。
もしかしたら彼女の方がよっぽど族長に向いているのではないかとさえマサルには思えるのだが、それについてのリコの意見は違っていた。
マサルの家で二人きりで旅の支度をしながら、彼女は言った。
「お前が来る前……カーツがいた頃だけどよ。姉貴は強く物を言うことは無かったよ。なんでもそつなくこなして、周りに褒められてたけどさ」
「なんか全然想像つかないけどな」
「姉貴なりに、カーツがいなくなったときにそれまでの考えが崩れたとこがあったんじゃねえかなあ……それこそ生まれ変わったみたいな気持ちになったんだろうさ」
文字通りに生まれ変わったのはマサルの方なのだが、現象だけで人の心は説明し切れない。
大体、自分はこの体とこの世界に順応しただけであって、一念発起して何かを変えようとしたわけではない。
それもそれで並大抵の努力ではないのだが、それがわかっている一人がリコであった。
彼女はわざとらしく咳払いをしてから、マサルに伝えた。
「カーツが死んで良かったなんて思わない。でもな、あたしと姉貴の距離を縮めてくれたのは、間違いなくお前なんだ。これから姉貴と別れて旅に出るってのに変な話に思うかもだけど……前よりずっと、姉貴のことが好きになれた気がするんだ」
「そっか」
それなら、こちらに来たかいがあったのかな……とはマサルは続けなかった。
元いた世界に未練が無いわけではない。本来ならこの集落の神に直談判して、場合によっては元の世界に戻してもらう考えだってあったのだから。
でも自分をこんなにも認めてくれる人がいるなら、このままずっと。
そう思ってしまったら、思わせぶりなことは言えなくなっていた。
「よし、後は出発前に確認すれば良いだろ。イベさんの所に行こうか」
「ああ、うん」
リコの歯切れの悪さに、マサルは持ち上げかけた腰をおろした。
「どうかした?」
「今すぐどうこうってんじゃないんだけど……」
「何? 言ってみてよ」
「えっと……姉貴も私も、この家に移った方が良いのかな〜、なんて……」
言われてみれば、夫婦なのに別々の家に住んだままである。
ちゃんとした結婚式を挙げたわけでもなく、そのままガナの街に行ってしまったことで、生活面での切り替えがなあなあのままになっていたのだった。
「じゃあ、留守の間にイベさんに引っ越しの手はずを整えてもらおうか」
「そりゃいい。姉貴も仕事があった方が気が紛れるだろ」
捻挫が治るまではそうそう動けないだろうが、目的が無いよりはあった方が良い。
「でもさ、それだとリコたちの家ってどうするの?」
「……ふ、二人きりになりたいときに使うとか……」
「あっ……うん、まあ、そういう場所も大事だよね、うん」
いつもにこにこ三人で……というのは楽観的過ぎるだろう。
ガナの街では三人でベッドを共にしていたが、それ前提では気持ちの整理がし辛いときも出てくるはずだった。
「は、話は変わるけどさ、俺が作ったストロー。旅に持ってく?」
「そうだなあ……いや、全部姉貴に預けていこうぜ。その方が無くさないだろうしさ」
「なるほどね」
イベが預かってくれる。そう考えると、なんだか他のいろいろなことまですっきりしたような気持ちになれた。
頼ってばかりもいけないが、頼りたいものは頼って良いんだ。
当たり前のようでつい遠慮してしまいがちな問題を、このときにマサルは、リコと一緒に乗り越えたのだった。