表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/123

目の動きが合う人とは仲良くなれる

 マサルがストローの完成に満足して、ひとまずの睡眠に入ってほどない頃。

 朝もやが集落に立ち込める中、イベが目を覚ました。

 

 彼女の容態は立ち上がれるまでに回復していて、風邪が治ったばかりの者よりもずっと元気だったが、彼女にとって深刻な問題が一つあった。

 利き腕の右手首を捻挫していたのだ。

 踏み台から倒れた際に負ったものだが、リコからすると「それぐらいで済んで良かったじゃねえか」と言ってしまえるような性質のものだった。

 これはリコが姉を心配していたからこそ出る言葉だったが、言われた側のイベには面白くなかった。

 客であるはずのバラニの方がよほど場の空気に順応しており、イベとリコのために朝食を用意したほどだった。

「あったものを勝手に使ってしまいましたが、許してくださいね」

 そんな調子でバラニは謙遜したが、献立は立派なものだった。

 バラニは寝る前の段階で塩漬けした魚を水で戻し始めていたから、おかゆに白身魚を混ぜたものや、彼女が旅先では欠かさないようにしているという、豆を発酵させたものの入ったスープ。

 それとドライフルーツや洗った野菜に乳を和えたものがあり、イベの口には合った。

「このスープは美味しいですね。お餅を入れても美味しそう」

「まあっ、食欲旺盛ですこと。ゆっくり食べてくださいね」

 イベとバラニの会話の一方、リコは黙々と食べていた。

 姉にまずいことを言ったからというのもあったが、それだけではなかった。

 妹の様子が普段と違うことはイベにもわかっていた。リコは無理にじっとしてるようなことは、本来とても嫌うのである。

 それがわざわざ、食事の間もずっと黙っているのだから、これが結婚してからの成長であったとしても、イベの胸に隙間風を通したのだった。

 案の定、食後にリコが打ち明けたことは、イベにはショックなものだった。

「親父がさ、ジュカの国にいるかもしれないらしいんだ。あたし、行ってくるよ」

 お茶を飲んでいたイベの顔が青くなったのを見て、バラニがあえて口を挟んだ。

「リコさん、昨日の話はもう随分前の話です。その人がお父様がだったとしても、まだジュカにいるかどうかは……」

「いや、別にあんたの言葉だけで行くことにしたわけじゃないんだ。あたしもジュカは全然行ってなくてさ。仕事でちょっと立ち寄っただけで。ほら、あそこは……他所者のエルフには居心地が悪いんだよ」

 バラニだけでなく、イベにも気を遣ったらしく、リコは具体的にジュカの国がどうとは言わなかった。

 イベにとっては、集落の外のことは一般常識の範囲でしかわからない。

 いずれにしろ、イベはリコに言うべきことがあった。

「一人で行ってはいけません。マサルさんにお願いして、一緒に行ってもらいなさい」

 そう言われて、リコは豆を顔にぶつけられたような表情をした。

 一人で行くつもりだったのだろう。

 彼女はすぐに反論してきた。

「ガナに行ったときと違って、これは族長の仕事とは関係ないだろ。あいつには、姉貴の傍にいてもらった方が」

「いいえ、それは違います。マサルさんは、あなたを一人で行かせられるような人じゃないの。私も、マサルさんがあなたの帰りを待っているのを毎日見るのは、嫌なの。だから、あなたから頼んで、一緒に行きなさい。わかった?」

「お、おう……」

 ここまではっきりと自分の希望を妹に伝えたことは、記憶にほとんど無かった。

 バラニは努めて泰然とした態度を取っていたが、イベに話を振られると、きちんと反応した。

「バラ二さん、妹とマサルさんのことを案内してあげてください。でも、一から十まで面倒見る必要はありません」

「いえいえ、喜んで引き受けますよ。私がうかつなことを言ったせいもありますし……どうせ予定なんて、あって無いようなものなんですから」

 このバラニという人も、変わった人ではある。ただ、イベにはなんとなく、自分と近いものが感じられた。

 つまり、自分の内側に炎を宿らせた人なのだと。そう思えるのである。

 ふとした瞬間に彼女が見せる目元のゆらぎが、イベには自分にも覚えのあるものなのだった。

「じゃあ、今からマサルに頼んでくるよ。どんなに早くても、出発するのは明日以降にするからさ。二人はのんびりしてな」

 手をひらひらと振って、リコは家を出て行った。

 イベはお茶をしみじみと啜ってから、バラニに訊ねた。

「うちの妹、どう思います?」

「繊細な方ですね。そんな自分のことを持て余すぐらいに」

「……あの子のこと、お願いします」

「はい」

 イベはこのとき初めて、親友と呼び得る相手と出会った気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ