割り切りと優しさは似てるときがある
マサルからストロー製作の相談をされたキンカおばさんは、快く協力してくれた。
本来ならイベのことが心配で眠れないマサルの話し相手になってやろうと思っていたぐらいだから、それよりはずっと明るさのある話題なのだった。
「でも、元はリコと作る約束だったんだろ? 私とで良いのかい?」
「……これは俺の勝手な憶測なんですけど……」
「うん。なんだい?」
「リコの奴、本当は今すぐにでも親父さんを探しに行きたいと思うんです。でも、せめてイベさんが目覚めるまでは我慢してるんじゃないかな」
その話を聞いて、キンカおばさんはくすりと笑ってみせた。
「当たらずも遠からずってとこだね。あの子はね、イベに気を遣ってるんじゃないんだ。あんたに気を遣ってるんだよ」
「えっ、俺?」
「そうだよ。女なんてね、別の女のことは割り切ってるもんだよ。旦那に心配をかけたくないに決まってるさ」
キンカおばさんにしたってマサルと同じぐらいの根拠しかないはずだが、彼女は長い年月、リコを見守ってきているのである。参考にすべきだった。
「まあ、どっちにしても、俺は俺で、今やれることはやっておきたいんです。たとえくだらないことでも……」
「くだらなくなんてあるかい? あんたは自分と家族のことを考えて決めてるんだから」
その言葉に勇気づけられたマサルだったが、すぐに重要なことを問い質された。
それははぐらかせるような性質のものではないし、マサルも正直に答えた。
「それで、リコが旅に出るって言い出したら……あんたはどうするんだい?」
「一緒に行きます」
「イベは置いていくんだね」
「はい」
地理が頭に入っていないのではっきりとしたことは言えないが、ガナの街との往復にかかった時間と距離、それとリコやバラニの話しぶりからして、一ヶ月は戻ってこれないのではないだろうか。
そんな旅にイベを連れて行くことはできない。
かといって、リコを止められない。そして自分が集落に残るよりは、リコを守るべきだとマサルは考えた。
いや、更に正直に言うべきことがある。
「良い機会だから、この世界……世間のことを勉強してきたいんです。多分、道案内をバラニさんにお願いすることになるし、あの人なら信頼できそうだから」
「そうかい。まあ、縁は大事だよ。神様の導きという人もいるけどね。違うよ。人はね、人に導かれるんだ。お互いにね」
キンカおばさんは、イベとリコの母親のために村を出て、世界を回ってきたと聞いている。
多分、この人にとってイベとリコの母親は、灯台の明かりのような存在なのだろう。いなくなっても、いつまでも照らし出した風景を覚えているのだ。
「あー、そういえば……えっと、ど忘れしちゃったんですけど……イベとリコのお母さんって、名前なんでしたっけ?」
不審に思われないか心配だったが、友達や幼馴染の親の名前をはっきり覚えてることも世の中少ないはずである。
この場合も、そうだった。
「ベリアだよ。そう、ベリアだ。懐かしいな。いつも頭の中にいるくせにさ」
そう呟いたキンカおばさんは、自分の酒の入ったぐい呑みを飲み干すと、いよいよ腰を上げた。
「よっし! 材料は多分、私んちので足りるだろう。付いてきな! 朝までには仕上げるよ!」
イベとリコの母親と会う機会は無かったが、キンカおばさんは十二分に、その役割を果たしてくれているような気がマサルにはしたのだった。