酒の味の九割は気分だが残りの一割の価値はとても高い
『親父を探しに行く』
リコがそう言い出したら、マサルは留めるわけにはいかなかった。
しかし、彼女はそうは言わなかった。
マサルとバラニの話を聞いた彼女は、少しの間だけ項垂れていたが、踵を返すと家の中に戻っていった。
マサルは少し考えてから、バラニに提案をした。
「バタバタして、疲れたでしょう? 俺はイベさんのとこに泊まるんで、バラニさんは俺の家を使ってください。一人じゃ心細いだろうから、誰か村の人も呼びますよ」
辺りはもう暗くなり始めていて、集落のあちこちで篝火が灯り始めていた。
イベが倒れたことはみなが知っていたが、キンカおばさんが「今は休んでるから」と騒がないように言ってくれてある。
バラニがいくら責任感が強いとしても、これ以上の看病を続けては彼女まで倒れかねない。
それでも彼女は首を振った。
「お心遣いは嬉しいですが……これも巡り合わせ、私もここで泊まらせてもらいたいんです」
「そういうことなら、俺はちょっとやっておきたいことがあるんで……二人のことをお願いできますか?」
「もちろん」
バラニは細かなことを訊ねてはこず、ただただ、彼女らしく微笑んだ。
多分、彼女は今までも沢山の人々にそうしてきただろうし、それだけの力が彼女の微笑みにはあった。
集落の中央には共用の炊事場があって、そこではキンカおばさんが何人かのエルフやオークと夕飯の用意をしていた。
マサルがやってくると、キンカおばさんは温めた酒の入ったぐい呑みを渡してきた。
「とりあえず、一杯やんな。薬だと思ってさ」
「……はい」
マサルはこちらの世界に来てからは必要に迫られてそれなりに飲酒をしていたが、酒が体だけでなく自分の深い所にしみたのは、このときが初めてだった。
視界が少しばかりぼやけて、考えているのに考えていないような、不思議な感覚に襲われた。
そうするとどこか焦りを感じていた自分はどこかにいって、ありのままの、のろまな、しかし背伸びをしていない自分が、しっかりと現実に根を張ったようだった。
そうした感覚は酒のもたらす錯覚に過ぎないのかもしれなかったが、今のマサルには大切な時間をくれたのだった。
簡潔に言えば、ぼけ〜っとすることができたのである。
「そうそう、そんな風にしてるぐらいがオークは男前なのさ。あれもこれもって動き回ってちゃ、その図体じゃ周りが不安になっちまうんだよ」
「覚えておきます」
「ははっ、その堅苦しさ、いつからだろうね。まあ、嫌いじゃないよ」
話に聞く限りでは、カーツはマサルとは性格が随分違ったらしいのだが、それでも受け入れられてるということは、案外と根っこの部分は似ていたのかもしれない。
キンカおばさんに夕食を饗応してもらいながら、マサルはさっきまでのバラ二との間で交わした話をした。
イベとリコの姉妹、そしてその両親のことは、キンカおばさんにとっても重大事である。話しておくべきだった。
彼女は一通り聞くと、うんうんと頷いてから、マサルに言った。
「あんたには何か考えがあるみたいだね。私に手伝えることかい?」
「実は……ストローを作りたいんです。三人分の」
「ストロー? 泡の浮いた酒を飲むときの?」
リコと似たようなことを言うキンカおばさんに、マサルは微笑んだ。