抱くのにも余裕は欲しい
みなを代表して、酒を飲んでいた族長が確認した。
「リコや。奴隷商人たちの襲撃の話、間違いないのか?」
「ああ。今日、あたしを襲ったエルフ狩りの奴を返り討ちにしたとき、偶然聞かされたんだ。そいつも本当なら美味しい話に合流するつもりだったってわけさ」
返り討ち。
その言葉を聞いて、マサルよりもイベが口を尖らせた。彼女はずいずいっと妹の前に立ち塞がると、言葉をぶつけたのだった。
「あなたは怪我しなかったの? 平気?」
「よしてくれよ、子供じゃないんだから……今はそれどころじゃないだろ」
「いいから、後でちゃんと見せて!」
「あ、ああ……わかったよ、姉貴……」
姉のことは手荒に扱えないらしく、リコは困った様子だった。
「みなよ、聞いたであろう! 今から若い連中を呼び戻そうとしても間に合わぬ。我々だけで戦うしかない!」
族長の言葉に、見た目以上に年齢がいっているらしいオークとエルフの夫婦が答えた。
「おお! 腰が痛いが、一泡吹かせるぐらいはできるぞ!」
「そうだよ、あんた! あたしも今日のうちに弩を手入れしとかないとねえ!」
それに続いて、他の者達もやる気満々というていで答え、広場はさながら決起集会と化した。
「カーツもいるんだ!」
「ああ、そうだ! その通りだ!」
おいおい、待ってくれよ。戦うなんて無理だ!
マサルはそう叫びたくてたまらなかった。
戦い方もわからないし、襲ってくる相手がどんな奴らかもわからない。そんな状態で命を賭けるなんて、無茶苦茶だった。
マサルの戸惑いを察知したイベが、誰にも負けない声で叫んだ。
「みんなはいいけど、カーツはまだ病み上がりよ! 戦わせられないわ!!」
「姉貴、そうはいかないよ。カーツは族長の息子だ。村に残った戦士だ」
リコの言い分が正しいのはマサルにもわかる。しかし、気持ちが付いてこない。
マサルもイベも押し黙ってしまったのを見て、リコはこう切り出した。
「カーツ、明日の朝一番であたしと勝負しろ。それで戦えるかどうか判断してやるから、明日までに気合を入れ直しておけ! 今晩はまだ敵も準備をしている最中のはずだからな」
そう言って、リコは半ば強引にマサルとイベを族長の家に帰らせた。族長は作戦会議のために広場に残ったのだった。
「ごめんなさい。でも、あの子なりに時間をくれたんだと思います」
「うん、それはわかる……わかるけどさ」
イベと二人きりで族長の家の居間で話し合っていたが、マサルは不安で胸が一杯だった。
リコが帰ってくるまでは、まあなんとかなるかなと少しは楽観的になれていただけに、反動が大きかった。
そんなマサルを見かねて、イベはあることを決意した。
「……あの」
「うん?」
「私を抱けば、少しは……」
イベがするりと服をはだけたのを見て、マサルはひっくり返りそうになった。
慌てて彼女の腕を握って止めようとして、腕を折ってしまわないかと引っ込めた。
「だめだめだめ、だめだって、だめ! 知り合ってまだ一日も経ってないじゃないか!」
「でも、カーツのせいで……私の大好きだったカーツのせいで……マサルさんが……あなたはたまたま、その体に魂を入れられてしまっただけなのに」
勇気を振り絞ってのことだったらしく、それが拒否されたことで、気持ちが折れてしまったらしい。イベは涙をぼろぼろとこぼして、今度はマサルの体によりかかったのだった。
「そんなにカーツさんのことが……」
「はい、はい……もう戻らなくても、好きです。その体に入れたあなたも、きっといい人なはずです」
こんな優しい人を残して、さっさと死んでしまうなんて。
そんな気持ちが、ふつふつとマサルの中に沸き立ってきた。
すると不意に、隣の部屋からリコが顔を出したのだった。
「やれやれ、こんなことだろうと思ったよ」
驚いたのはマサルもイベも同じだった。
「どうしてここに!?」
「今の話、全部?」
リコは囲炉裏端にどかりと腰をおろしてあぐらをかき、答えた。
「カーツのやつ、芋は飽きたって言って自分から食わなくなってたからな。こいつは何かあるなと思って、適当な所で広場を抜けて、裏口から入って隠れてたんだよ。まさか中身が別人とは思わなかったが……」
マサルとイベにはリコに対するばつの悪さはあったが、ほっとしたのも実際だった。
特にイベは、実の妹に隠し事をせずに済むと喜んだのだった。
「それなら話は早いわね。カーツの体は今、マサルさんという別の方が使ってるの。だから、戦いなんて無理よ。勝負なんてやめて、リコもみんなを説得するのを手伝って」
「リコさん、お願いします。殺し合いなんてしたことないんです」
カーツことマサルにまでお願いをされて、リコは顔を赤くしたようだった。
しかし、返ってきた言葉は以下の通りだった。
「だめだ。勝負はやる。必ずだ」