類推と予断は投資に近い
結婚もした。
セックスもとい交尾もした。
そうしたことでカーツのことを上書きできた気になっていたが、やはりそういうわけにはいかないのか。
バラニは少しばかり顎に指先を当てて考え込んでいたが、やがて話を切り出した。
「人の気持ちというのは、自分で思っているほど簡単に切り替えられるものではありませんから。ふとした拍子に、溶岩がどろどろと湧き出てきて、心が焼かれることもございます」
「……バラニさんもそういう経験が?」
「うふふ、どうでしょうね」
誤魔化された気もしたが、今の話と関係ないのも事実である。
とりあえず、マサルは今後の予定を全てリセットすることにした。
集落の神との対話が、どんな影響をイベに与えるかわからない。自分のことだけ心配していられる状況ではなくなっているのだ。
そんなマサルの表情を見て、バラニが言葉を漏らした。
「自分の目で見るまではにわかには信じていませんでしたが……この森のオークの方々は、本当にエルフのことを気にかけてるんですね」
「そんなことないですよ。若いオークは俺以外、みんな森を出ちゃったそうですし」
「おや? 他人事みたいにおっしゃいますね」
「あっ、すみません、言い間違いです、言い間違い」
咄嗟に誤魔化したのは無駄ではなかったようで、バラニは微笑みを返してきた。
「でもね、族長さん。出て行ったからといって、必ずしも愛想を尽かしたかなんて、わからないことですよ。さっき言ったことと重なりますが、その人のことは、その人でさえもわからないことがあるんです」
イベが倒れたとき、一緒にいてくれたのがバラニで良かった。
マサルはそう考え始めていたが、今回の出来事は、それだけで済むようなものではなくなろうとしていた。
バラニにしてみれば、マサルを元気づけるための雑談のようなものだったのだろう。ただ、思いがけない事柄を含んでいた。
「随分前ですが、私のいる修道院に一人のオークが訪ねてきたそうです。大切な人が病気になったことで、いてもたってもいられずに、故郷を旅立ったと。でも、それは自分が自由になりたかっただけなのではないか。そんな苦悩の重荷を、今の司教様が……あれ? でもこれって……まさか」
バラニも気付いたらしい。それはそうだ。
ついさっき、その「大切な人」らしき存在ととても良く似たエルフの話を聞いたばかりなのだから。
彼女が戸惑っている間に、家の中からリコが険しい顔で出てきた。
その険しさは、不機嫌さとも悲しみともつかないものだった。
「今の話、確かか?」
それは、自分の父親の話だ。彼女はそう確信しているようだった。