懐から果物を出すのに憧れたあの頃
リコの持ってきてくれた果物は洋梨に近い味で、水分が何かと欲しいオークにはとてもありがたいものだった。
元いた世界のように品種改良は進んでいないから甘さこそ弱いが、ざらざらとした食感と水分の多さが、オークの口には合う。
リコの唇が濡れて、まるでそれ自体が果物のように魅力的だったが、今大事なのは、そこから紡がれる彼女の言葉の方だった。
「今は傭兵をするかどうか、迷ってんだよな。あんたといると楽しいし。でも、キンカおばさんももう歳だし、今は集落が大変なときだし、誰かがやらないと。そんでも、姉貴にあんたを全部取られちまうかも、って気持ちもちょっとはあってさあ……ああ〜、なんか色々ぐちゃぐちゃしてんだよなあ〜」
この世界のことをよく知らないマサルが見付けられそうな答えは驚くほど少ないが、彼女になんでも話してもらえると、自分でも見失いそうな微かな道標に手をのばすことができるのだった。
イベの理知は頼もしいが、それだけではマサルもこんなのんびりとした時間を過ごせていたかどうかはわからなかった。
「リコは優しいから、あれもこれもって考え込んでるんだよ。傭兵を続けたいなら続けたいで良いけど、集落のことはみんなで頑張ることだからさ。一人で焦らなくても大丈夫だよ」
「うん……そうかな?」
「そうだよ。それにイベさんだって何かとやる気満々だしさ」
「まあ、そうだな。でも、ちょっと心配なんだよな。ガナの街でもぶっ倒れてたろ?」
あれはあくまでマサルの力を引き出すために無理をしたから。そうマサルは言いたかったが、リコは自分の母親が体が弱かったことと姉のことを重ね合わせているのだと気付いて、即答を避けた。
自分の体になったオークのことはなんとなくでもわかってきたが、エルフの体のことは驚くほど無知である。
そんな自分が、姉妹に何かあったとき、本当に力になってあげられるのだろうか。
そう考えていると、リコが二の腕をつねってきた。
「いっつ!? な、なに!?」
「昔、親父が一人でそういう顔してたの思い出した」
「そ、そう……ごめん」
「別にあんたは悪くねえよ」
リコはそう言うと、マサルの膝からひょいと降りた。
「あたしも、体洗ってくるわ。あんたは自分ちに戻ってなよ」
去り際に、彼女は自分のスカートの裾をつまむと、ひらひらと翻してみせた。
その意味を悟ったマサルは思わず鼻を鳴らしたのだった。
リコが置いていった袋の中身をもう一つ食べてから、家に戻ろうとしたときだった。
泉に向かったはずのリコが、慌てた様子で戻ってきた。
彼女はマサルの腹に、強く抱き着いてきた。
もしかして、ここでする気にでもなったのだろうか。
マサルが戸惑っていると、やがてリコが顔を腹から離した。
彼女の目は、涙を浮かべていた。
「姉貴が、姉貴がまた、倒れた!!」