俺によし君によし目にわるし
山が少ない土地での水源は貴重なものである。土地によっては、雨水を家々で水瓶などに貯めておかなければならない。
しかし、古き神の森と呼ばれるこの土地においては、水に困ることは無かった。
この森の水源である泉は、村の者によれば視界の彼方の山脈から流れる地下水が湧き出ているのだという。
それがこの森の神の力なのか、「豊かな」土地に神が流れ着いただけなのか。
その神のせいでわけのわからない人生を送る羽目になったマサルとしては、どっちも有り得そうな話だった。
泉と一口に言っても、オークが三十人同時に浸かっても余るぐらいの広さがある。
が、大事な水源をそんな乱暴な使い方で浪費はしない。
最も大事な水の湧いている奥の辺り。そこは炊事や飲料水用で、そこから集落の便利のいい場所まで石製の水道が設置されている。
泉の他の部分は、例えばある月には使わないようにしたり、神に備える際にだけ浸かったりする。畑用に貯めてある箇所などもあるし、使用済みの水は、便に混ぜて肥料に混合し、鍛冶仕事にも使うことがある。
とにかく、事細かに紹介するときりがないので、これぐらいにしよう。
ここで重要なのは、それだけ徹底的に利用されている泉を他所者に使わせるというのは、なかなか貴重な機会だということである。
シスター・バラニ・クラニはそうした集落の機微をよく心得ていた。
「勢いで水浴びを願いましたが、まさかこんなに立派な場所を使わせてもらえるとは……お洗濯をされてる横で体を拭う程度で十分でしたのに」
「いやいや、ほんと、お気になさらず」
マサルの言葉はお世辞ではなく、彼自信もまだ他所者という意識があるからだった。
というか、気にするならもっと別のことを気にしてほしい、というのが本音である。
バラニは一糸まとわぬ姿で半身浴をしており、その隣にイベが一緒に浸かっていた。
イベの胸も大変にかわいいと夫の贔屓目では思うのだが、サッカーボールと野球の球が並んでたら、いやでもサッカーボールに目がいってしまう。
そんな背徳感も若干楽しい、なんて境地にはまだまだ至れていない。
『どうして族長さんもご一緒なのですか?』ぐらいのことをバラニが言ってくれたら『そ、そうですよねー!』と出ていけるのに、さも当然のように彼女は受け入れていた。
なおリコは「水浴びなら後で、一人でのんびりやるから」と、キンカおばさんの家で一緒に土産の酒を飲んでいる。
マサルが神妙な顔をしながら申し訳程度に自分の体をぴちゃぴちゃと濡らしてるいると、イベが笑い声を漏らした。
「うふふ、すみません。久々の水浴びで私ばかり気持ちよくなってしまって。今から体を流してあげますからね」
「バラニさんの前で!?」
「あら、恥ずかしいんですか? どこも水浴び中は無礼講なんですよ?」
イベの話を信じるなら、それでバラニは動じてないらしい。バラニの神経が特別に強靭である可能性は捨てきれないが。
そして、その可能性は無視できないものとなった。
バラニはパンと手を叩いて、嬉しそうに言った。
「それではお礼に、私も洗って差し上げましょう!」
これはたまらんと、マサルは反論を試みることにした。
巨乳は好きだけれど、ここまで押し付けられると辛い。わんこそばだって限界があるじゃないか。わんこそばのお椀より多分大きいけど。
「ま、待った! 体を洗うのは奥さんの仕事! ですよね!?」
たしかそれが、事実上の婚姻の儀式だったはずだ。
しかし、マサルの知識は簡単に覆された。
「それは結婚前の話ですから。既婚者は別に気にしなくて良いんですよ」
「フージでもそうですね」
この世界の人達、もしかして水で酔っぱらえるんじゃないか?
マサルはそんなことを考えながら、迫りくる二人に追い詰められたのだった。