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胸と信仰は大きい方が目立つが絶対ではない

 ああ、神よ。どうか全てを滅ぼしたまえ。

 神を信じる者と疑う者を、分け隔てなく。


 わたくしの信仰、それは神の力をまったく信じているからなのです。

 いびつな土塊でしかないわたくしたちは、神の前で等しく焚かれなければならないのです。

 神の根に吸われ、神の幹を通り、枝を伸ばし、葉となるのです。


 そう、そうでなくては。

 生きるのは、生きるとは。

 あまりに、あまりに惨めではありませんか。



 ガナの街からの帰り道は、街にいたときよりも気楽に感じられた。

 アン・ロース・ガナとモーカル一族から贈られた品々や買ったものを載せた荷車を牽きながら、マサルは鼻歌を歌うこともしばしばであった。

 それについてイベは耳をピクピクと動かした。エルフの巫女である彼女は、音楽は儀式にも使うことから、マサルの鼻歌にも耳を尖らせていたのだった。

「変わった調子の曲ですね。マサルさんの故郷のものですか?」

「故郷っていうか解散したバンドの曲なんだけど、凄く好きでさ。金貯めて絶対にライブに行ってやる! って思ってたのになー……」

「……バンド? ライブ?」

「えーっと、音楽隊の……演奏会だね」

 マサルは自分で楽器を触ることはほとんど無かったが、スマートフォンのアプリで音をいじって遊ぶことはあった。

 音楽でいつでも遊べるのは、本来は特別なことなのだと、こちらに来てからマサルは痛感していた。

 鼻歌一つでも、とても心地よく思える。

 そんな彼の気持ちまではわからずとも、イベは話を広げてくれた。

「ふむむ。マサルさんさえ良かったら、私が知ってる歌もお教えしますよ。村に帰ったら、みんなで練習しましょう」


 集落に帰ったら、マサルを転生させた無茶苦茶な変態神と対峙しなければならないし、リコとの約束であるストロー作りもある。

 それでもイベとはイベとで、何か楽しいことの約束をするのは、マサルには悪くないことに思えた。


 しかし彼が返事をする前に、イベの妹のリコが遮った。

 彼女は自分の体ほどもある愛用の包丁は荷車に載せてあるから、気分も体も軽かった彼女だが、ここにきて急に面倒な話が出たのだった。

「ちょっと待て! みんなで、って、あたしも入ってんのか!?」

「当たり前じゃないですか」

「あたしはやだよ! 絶対やだ!」

「別に儀式をやるわけじゃないんだから、気負わなくて良いのに」

 そんなやり取りをしながらも、集落のある森は段々と近付いていた。

 街に出てきたときと同じぐらいの時間が経った頃、マサルでも見覚えがあると感じられる場所が増えてきた。

 すると、街へ向かうときには無かった石碑があった。大きさは大体、マサルの腹から胸ぐらい。人間の成人男性ぐらいである。

 場所はちょうど、例の街道沿いの闘いの跡地である。

 こちらの文字や文章もそこそこ読めるようになってきたマサルだったが、石碑の文面というのは紙に書かれたものとは少し勝手が違う。

 イベが代わりに読んでくれた。


******

 前方、古き神の森

 この看板は集落の族長マサルの戦勝を記念したものである

 貪豚の月の二十五の日。慈悲深きマサル、この地にて死せる者を弔う

******


 朗々と読み終えたイベによれば、留守番役のキンカに制作を頼んでおいたものとのことである。

 こんな形で自分の名前が刻まれるのもマサルには不思議さがあった。

 しかし、もっと不思議なことがあった。

 墓地のすぐ近くにテントが張ってあり、旅人か、あるいは集落の誰かが入ってるのだとばかり思っていたら、中から出てきたのは、首から下をすっぽりと黒衣で覆った女性だった。種族はエルフらしく、長い耳が特徴的であった。

 髪の毛はイベやリコのような銀髪ではなく、太陽の光りで梳かしたかのような、透き通るブロンドだった。

 さて、これは蛇足だが、マサルから見て無視できないことが一つあるので、書いておこう。


 胸が、

 とても、

 大きかった。


 イベがB、リコがCとするのなら、黒衣の女性はEぐらいはある。

 すっかりこちらの世界の美的センスに慣れて、元いた現代社会の基準を当てはめられるようになっていた。慣れとは怖いものだ。

 マサルが彼女に熱心に視線を遣っていると、イベが教えてくれた。

「あの方の袖口の真っ白な一本線が見えますか? あれはフージの教えの宣教を許された、特別な方です。私よりも少し年齢が上だと思うんですけど、それでもあの若さで宣教認可をされるのは、よほどですよ」

「ふうん」

 そもそもフージとかいう宗教も知らないし、宣教に許可が要るのも初めて知ったマサルの返事は、生も生、新鮮ピチピチの生返事であった。

 イベはそういう態度を見るとこれでもかと教えたがるところがあり、リコが面倒くさそうな顔をしたのだが、彼女の心配通りにはならなかった。


 目が合った黒衣の女性は、街道よりも低い所にある墓地から足早に近付いてくると、話しかけてきた。

 話し方こそイベのようにハキハキとしていたが、声音にはもっと艶があった。

「新しい族長の方ですね? フージの教えに改宗しませんか?」

 知らないことの方が圧倒的に多いマサルにも、わかったことがある。


 それは、そんな気軽に言うことじゃないだろ。

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