欲望は尽きるのではなく迷うだけ
最初に良いものを見せてもらったせいで、他の並んでるものが見劣りしてしまう。
……なんていう現象は買い物ではよくあるものだったが、お金を出すのはイベとリコであるから、マサルには余計に悩みどころであった。
マサルの考えていることを察したらしいイベが、店の大将に言った。
「おじさま? まけてくださらない?」
「あ〜、だめだめだめだめ! 俺はね、エルフにそんなこと言われてもぜーんぜん嬉しくねえの。まけたのが母ちゃんに知れたら怒られるから、だめ!」
口ではそう言ってるが、イベに迫られてそれなりにテンパっている。
多分だが、この大将、エルフがどうこう以前に、若い子が好きなのである。そんなもんである。
「じゃあ、ナイフも買いますから。セットでまけてくださらない? 私達、新婚旅行なんです……」
「何!? オークとエルフの新婚さん!! 今時珍しい!!! じゃじゃじゃ、じゃあ、夜の方は……」
「ええ、それはもう……あの指や、アレで……ふふ、思い出しただけでお腹が……」
「おおおおおおおおおおおおおおお」
マサルはなんだか段々と、この大将が奥さんと上手くやれてるのが心配になってきたが、余計なお世話ではある。
最終的に、斧と大小のナイフ二本、合計三点セットを三割引、それらを腰に下げるためのベルトも付けるという、なかなかの結果をイベはもぎ取っていた。
お会計は大体、今泊まっている宿の三週間分の宿泊費ぐらいだったらしい。割り引いたとはいえ結構な額であることは、マサルのこの世界での拙い金銭感覚でもわかった。
宿に戻ってから、マサルはイベに改めて礼を言った。
「ありがとうございます。後々、ちゃんと稼いで返しますね」
「気にしなくていいんですよ。どうせお金の使いみちなんて、そんなに無いんですから」
とはいえ、あって困るものではない。
マサルが恐縮したままなのに気付いて、イベは言った。
「あの……言い出し辛かったのですが、マサルさんと結婚したから、お財布には凄く余裕が出てるんです。族長の家はいざというときのために村から少しずつ積立金をもらってるので、結構な額なんですよ」
「あ、そっか……族長って、偉いんだ……」
「そうですよ。今わかったんですか?」
「あの街道でのことからすぐにこっちに来たから、実感するどころじゃなかったんですよ」
もっとも、実感したからといってどうなるというものではない。
信じられない体験をした上に、自分が好きになれる女性、それも二人もの相手に恵まれて、新婚旅行までしているのである。
これ以上、欲しがるのは、なんだか背中が痒くなりそうだった。
「おい、お前今、自分が何か欲しがるのは贅沢だと思ってんだろ」
「ぶふっ」
リコに思いっきり言い当てられて、マサルは吹き出した。
「欲しい物なんていくら望んだって良いんだよ。生きてんだからさ。死んだ奴は、もう欲しがれないんだ」
戦争にも何度か参加してきたリコに言われると、それなりに重い言葉ではある。
マサルはゆっくりと深呼吸をしてから、姉妹に言った。
「でも、二人以上に欲しい物なんて、そうそう思い付かないんだよ」
言った方も照れ臭くなる物言いである。言われた方は尚更だった。
何度も逢瀬を重ねた部屋で過ごす最後の夜は、初めての日と同じぐらいに、くすぐったさのある中で過ぎていった。
これにて第二章は完結です。次回からは第三章に突入するのですが、構成のクオリティを高めるため、一週間ほどのお時間をいただきます。ご了承ください。
その次章からはエルフのシスターさんが出ます! すごい、まるでファンタジーみたいだ!