共存には脅威が伴う
カーツの死因を知ったマサルのその後は、寝てる間もないくらいに慌ただしかった。
カーツが生き返ったと知った集落の人たちが祝福してくれたのだった。人間は一人もおらず、オークとエルフばかり。
族長が言っていた通り、オークは年寄りばかりだった。それがわかるのは、族長と身長や特徴が一致していたからだ。
自分と同じぐらいの身長のオークは一人もおらず、マサルはちょっとだけ優越感を覚えた。
集落の中心の広場に宴席が設けられて、夜になる頃には焚き火の周囲に料理が並び始めた。この世界にも月に相当する衛星があって、夜空にのぼっていた。
わざわざ家畜をしめてごちそうまで作ってくれて、エルフたちが採集してるという香辛料も美味しかった。
マサルの腕に抱かれてくつろいでるイベが説明してくれたところによれば、オークが力仕事を行えるため、農耕用の家畜を飼う必要がなく、気兼ねなく食用にできるのだという。
またオークは家畜を扱うのも上手で、余裕があるときは町へ売りにも行っているらしい。
気になったのは、その家畜というのがイノブタに似ていることだ。『共食いでは?』と思わないでもない。
さて、マサルとイベの会話の合間にも、集落の人たちは次から次に声をかけてきた。
「今度はノドを詰まらせるんじゃないよ」
「オークもノドは弱いからな」
「族長の祈祷も効果があったんだな」
冗談交じりだったが、みながみな、カーツが無事だったのを心から喜んでいるのがわかった。
だから……マサルは申し訳なかった。カーツはもう死んでしまって、自分は別人なのだから。さきほどまでの優越感はどこかに飛んでいった。
同時に族長への怒りも湧いてきた。魂の死を誤魔化し続ける限り、カーツは集落の人たちに弔ってもらえないのだ。
それでもマサルは族長との共犯関係を選んだ。いずれ正体を明かさなければならないにしても、自分はあまりにこの世界のことを知らなさ過ぎる。
少しの間だけでも、カーツに体を貸してもらう必要がある。
つまり今の所、カーツの正体がマサルであることを知っているのは、マサル本人と族長、それとイベの三人である。
しばらくはこの状況で暮らすことになるだろう。
そう思っていたのだが。
「おーい! リコが戻ったぞ!」
集落の入り口の方にいたオークがそう叫んだと思ったとき、彼を踏み台にして一つの影が宙を待った。
マサルの頭で計算しても十メートルはある距離を、その影はひとっ飛びした。大きな焚き火を越えてマサルの前に着地した相手は、自分の身長ほどもある長物を背負っていた。
マサルの背中側に置かれた松明の明かりに照らされたその顔は、イベとそっくりだった。
しかし服装は全く違い、他のエルフたちが着ているローブの肩口や裾を思いっきり詰めて、紐できつく締めてある。おかげで体のラインがくっきりとわかり、これでもかと張って出た胸や尻だけでなく、筋肉までもが影を作っていた。
他にイベとの目立った違いはというと、長い銀髪を大きな三つ編みにして背中に垂らしてあることだった。
「私の妹のリコです」
イベが小声で、そう教えてくれた。
「い、妹!?」
思わず声が大きくなってしまい、マサルは慌てて口を押さえた。
彼はとりあえずイベを地面におろしてから、咳払いをしてみせた。
「えー、えほっ、えほっ。いも、いも……肉ばかり食ってたから、芋も食いたいなー、なんて……」
こんなので誤魔化せるのだろうか。そう思ったとき、今や立派な太鼓腹となったマサルの腹を、リコが思いっきり平手打ちした。
「食っとる場合か! お前はいつもいつも! お前が死んだって噂が流れたせいで、奴隷商人が襲撃の計画をしてんだよ!!」
リコの大声に、その場にいた集落の全員がどよめいた。