口と首は回せるだけ回せ
「でもよお、大丈夫なのかね。勝手に決めちゃって」
ドヤ街こと旧市街で夫婦三人だけのささやかな打ち上げをしていたとき、リコが呟いた。
マサルは露店のおっちゃんがおまけしてくれたオードブルをイベとリコ用に取り分けていた手を止めた。
「姉貴やマカのおっさんの口振りだと、なんもかんも丸く収まったみたいな感じだったけどさ。要は不倫の子として生まれたアンをうちで引き受けたようなもんだろ? いや、あいつが良い奴なのはわかるよ。それはそれとして、うちの神様は平気なのか?」
リコはリコなりに筋というものを気にしているようである。筋は筋でも筋肉ばかりのようでいて、とは口が裂けても言えない。オークは半ば裂けたようなものだが。
既に前腕ぐらいの長さの串焼きをぺろりと平らげているイベが、妹のぼやきに答えた。
「救いの機会を与えるのが神の仕事です。それに、別当はあくまで事務的な役職ですからね。どうとでもなりますよ」
聞きようによっては、神様の言い分だろうと後からいくらでもまげてみせる、とも取れる言い方だった。
「……姉貴って、そういうとこは怖いよな」
リコにつられて、マサルは危うく頷きかけた。
咄嗟に肩が凝ったような素振りをしたことで難を逃れる。
それから、別の話題を振った。それもそれで間の悪いものではあったのだが。
「そういえばさ、アンさんの話でも出たけど、イベさんとリコのお父さんって? 生きてるかどうかもわからないの?」
「ちっ……めしが不味くなる話をすんなよな」
リコの反応はわかり切ったものだったが、彼女はイベにじろりと睨まれた。言い方を咎められたのである。
柑橘類をこれでもかとビールに絞ったものを喉に流し込んでから、リコはマサルに答えた。
「まあ、話しておくべきだよな。……はあ……あの親父、どこでどうしてんのか。傭兵の仕事で色々回ったけどそれらしい奴の話は聞いたことも無いしよ」
「一応、探してはいるんだね」
「会いたくはねえけど、消息は気になるからな。この肉切り包丁だって、親父に突っ返すつもりで最初は持ち歩いてたんだ」
それが得意武器になった上に、戦場以外のマリー・ロース・ガナの目に留まったのだから、なんともままならない話だった。
「リコに似合ってるから、返さないでいいんじゃない?」
「そ、そうか? まあ、そうだよな、今更返してもな」
父親が出て行ったのは姉妹がまだ子供のときだったそうだから、それなりの時間が経っている。
その間にも道具の手入れをしてきたのはリコなのだし、これはもうリコのものだろう。
姉のイベは会話を聞いていただけだったが、咳払いをした。
「似合うといえば、村に帰る前に服を買っておいた方が良いんじゃない?」
「あっ」
リコが今着てるのは、マカ・モーカルが用立ててくれた普段着である。
この街は服の流通拠点の一つなので、オーク以外のサイズも揃っているし、技術がある者なら生地だけ買って帰っても役に立つ。
リコが着ていた民族衣装は台無しになってしまったし、マサルのものも多少の傷みがある。
完成品を買うにしろ、材料を揃えるにしろ、買い物は必要だった。
「破れたドレスでヤルのも興奮したけど、どうせなら新しいのが欲しいよなあ」
「「リコ」」
今度はマサルとイベの二人が注意した。
近くのテーブルの家族連れやカップルが、頬を赤くしていた。恥ずかしいのはこっちなのだが。
「あはははは……わりい。まあ、マサルがいれば店に包丁を持って入らないで済むし、ちょうどいいかもな」
「うん、そうしなよ。お店の外で待ってるから、イベさんと二人で買い物してきたらいいよ」
マサルがそう言うと、姉妹はお互いの目を見合った。
何か変なことを言ったかなとマサルが首を傾げると、二人は言った。
「一緒にお買物するなんて」
「姉貴とは初めてだな」