やりたいかって言われたらそりゃやりたいって答えるよ
火事があった晩から数えて、二日目の朝が来た。
マサルたちは帰ろうと思えば帰れたが、すぐには宿を引き払わなかった。
商工会議所の片付けを、マサルが手伝いたがったからだ。
成り行きとはいえ騒ぎを大きくしてしまったことへの罪悪感はもちろんだが、タマニ・モーカルに任せて帰ってしまうのが、マサルにはしのびなかった。
「実際にぶっ壊したの、ほとんど俺なんだけどな」
タマニはそう言って笑ったが、マサルの助力は遠慮せずに受け入れた。人手の大半は領主館の瓦礫の片付けに行っていたし、街の先行きのことで暴徒が発生しないように見回りにも人員が割かれていた。正直、猫の手も借りたいという状況なのだった。
マサルにとってラッキーだったのは、そのときにこちらの世界で一般的に使われている寸法や、簡単な記号、文字を教わることができたことだ。
一応、カーツの頭の中に出来上がっていた基礎知識はあっても、それは言ってみればマサルにとって紐付けされていない情報であり、それだけでは価値が無かった。
実際に「これを測るときはこうする」「あれはこう読む」という風に手取り足取り教わって初めて、周りの世界が光を増したのだった。
手伝い始めて三日目には、新しい木棚を組む作業をしていたときに、タマニから次のようなことを言われるまでになっていた。
「お前、最初は間抜けそうだったのに、すっかり段取りがわかるようになったな」
タマニにそう言われてマサルが喜ぶと、タマニは彼にしては珍しくおずおずとした態度を見せてから、本題を切り出した。
「お前さえ良ければ、この街に住んで、俺と仕事しねえか? 集落からだって、そう遠くねえだろ」
魅力的な提案である。
はっきり言って、あの集落はわからないことが多いし、街場の方が元いた世界の知識を活かせる機会も多いだろう。刺激や娯楽も多い。
しかし、マサルは断った。
「今のうちに、色々とやっておきたいことがあるんだ」
「あ〜〜〜……そっか〜……」
とても残念そうに言って、タマニは肩を落とした。
しかし彼は、少し勘違いをしたらしかった。
「そうだよなあ、嫁さんが二人いるんだから、さっさと子供作らんといけねえもんな……だったら実家の方が良いもんな」
「こ、子供!?」
「そらそうだろ。お前んとこの集落は不思議なとこらしいけど、やることは一緒だろ?」
「ああ、うん、まあ……」
実は宿にいる間も、一日おきにイベとリコを抱くことになっている。
マサルは二人の体を気遣って交尾自体を集落に帰るまで遠慮したかったのだが、姉妹から「じゃあ、交尾以外で夜にすることがあるのか」と言われて、反論する材料が全然無かった。
だって、その、やりたいか、と言われたら、まあ、マサルもやりたいのである。だって仕方ないじゃないか。
一日おき、というのがマサルの引っ張り出せた唯一の条件であった。
両隣の部屋の『騒がしい』客も火事の騒動があって早々にチェックアウトした上、宿の主人は余計な気を利かせてマサルたち以外の新しい客を取らなかった。
マサルも後から知ったのだが、この旅に出たときにイベは結婚資金にと貯めていた財産を持ってきており、宿の主人からしてみると上客扱いになっていた。
ここでいう財産とは、具体的には行商人から買った指輪などの貴金属などである。
イベは集落から出たことは無くても、貴重な薬草や加工品を売る生活をしていた上に前の族長から給金ももらっていたため、それなりの蓄えがあった。
リコは傭兵稼業で稼いだ金を行く先々の組合に預けており、結構近代的なスタイルで生活している。この街でも、宿以外での出費はリコが出してくれている。
そんなわけで、マサルの「やっておきたいこと」には、妻たちに負けないだけの仕事を得ることも含まれている。
が、それだけならタマニの申し出を断る必要は無い。
マサルは、この世界の仕組みを知りたくなっていた。
どうして人がすれ違い、どうして喜んで、悲しんで、死んでいくのか。
突拍子もなく喉に餅を詰まらせて死んでしまうオークもいるし、人を殺めてしまう人達もいる。
そんな人達の墓標を心の中に刻んでいかなければならないのなら、最低限の常識とでも言えるものは身に付けたかった。
簡潔に言えば……彼は、もっと旅がしたかった。