寝てないのに寝てると思われるのも嫌だけれど
マカの話を思い出しながら、マサルとイベに沈黙の中で様々な感情が過ぎった。
最初は個人間のすれ違いだった出来事が、最後にはこんなにも多くの人を巻き込む事件に至ってしまった。
マリーとビロク、どちらが火事を起こしたのか。あるいはどちらかがどちらかを殺害してから、火事を起こしたのか。
それすらもはっきりしなかったが、そのために火事という手段を選んだと考えるのが妥当に思えた。
身勝手さに対する怒りもあるし、アンやダイアナに対する同情もある。
人の手で起こされた事件を間近に見ることが無かったマサルとしては、何を言ったら良いのかわからなくなっていた。
口を開いたのは、リコだった。
「あたしの話になるけどさ……あたしは、姉貴に幸せになって欲しかった。別に立派な理由じゃないよ? そう思ってれば、私自身は気楽にやってこられただけなんだ」
父親が集落を出ていき、体の弱かった母親はキンカのおかげで多少は生きながらえたが、結局は早くに亡くなってしまった。
そんな中で姉であるイベのことを優先して考えるのは支えにもなったし、重荷を姉に預けることにもなった。
「そう思ってれば、そう思ってさえいれば、あたしは無敵でいられる。好きな奴と寝ることだってできたし、それが姉貴と同じ相手だって構わない。気にしない。あたしがなりたいあたしでいられる。でも……流石に突っ張り過ぎてたな」
マカニに襲われたとき、どうしてもマサルと一緒にいたくなった。
どうしてマサルと自分は一緒にいないのか。
姉にむかついたのもあったし、誰より……自分のいい加減さに腹が立った。
「口じゃ格好つけても、あたしは、あんたのこと、姉貴のこと関係ないぐらいに、好きって、わかってさ……それで……」
リコの言葉がつかえはじめた。
愛情をここまで言葉にされたことがマサルは無かったから、どう答えたものか迷った。
それでも、答えるべきだと思った。
「イベさんに優しいリコも、俺のこと好きでいてくれるリコも、同じリコだよ。それで苦しいときは、いつでも言ってくれよ。じゃなきゃ、俺も悲しいから」
「……うん」
リコはぐすぐすと鼻を鳴らしてから、あぐらをかいているマサルの膝に腰掛けた。
「あたし、本当は言うだけ言って、どっかの戦にでも行こうと思ってたけど……やっぱ無理だよ。あんたといたい。姉貴ともいたいよ」
「いたらいいだろ」
疲れで垂れ気味になっていた耳を撫でてやると、リコは猫のように頬を緩めた。
それで気が抜けたのか、やがて彼女はマサルのオーク腹に頭を預けて寝息を立て始めたのだった。
マサルは彼女の無防備な寝顔を初めて見た気がして、しばらく眺めていたが、やがてベッドの方に目を向けた。
「イベさん。寝た振りしてても、多分ばれてたよ」
「えっ!?」
わざとらしいぐらい萎れていた耳が、ピーンと立った。
とんだ狸寝入りだったが、彼女なりの姉らしい思いやりだったのだろう。ところで、この世界に狸はいるのだろうか……?
イベはもぞもぞと起き上がると、寝癖を直し始めた。
マサルは鼻を鳴らして笑ったが、リコを起こさないよう、できるだけ抑えた。
「イベさんにも聞きたいことあるんですけど……俺もちょっと疲れちゃったんで」
「ええ、寝てください。疲れたまま聞いても、大変だと思います」
前族長も困った人だったが、もしかしてこの人の方がトラブルメーカーとしては上なのではないか。
不安を抱えつつも、朝日と同じように暖かな視線を感じながら、マサルは瞼を閉じたのだった。