お前の嫁さん、強かったぜ!
街は大騒ぎだった。
街のあちこちから、裏山の一箇所が赤くなっているのがわかったからだ。
「火事だ! 領主様の館だ!」
誰からともなく出た悲鳴は、やがて街中に広がった。
城塞内の新市街からだけでなく、ドヤ街と揶揄されがちな旧市街からも消防隊がおっとり刀で裏山に駆けつけた。
裏山まで水を運ぶことは困難なので、とにかく木を切り倒して延焼を食い止めるしかない。
「お母様! お母様!」
ついさっきまで行方知れずだったアン・ロースの泣き崩れる様子に、マサルは決心した。
「俺が助けてくる」
それを止めたのはリコだった。
「お嬢ちゃんの前でこんなこと言うのは酷だけどよ、今から行ってもあの燃え方じゃどうしようもないぜ」
どんなに急いでも、ここからでは館のある裏山の中腹まではかなりの時間がかかる。
しかも今は消防隊がわらわらと集まっているわけで、邪魔になりかねなかった。
それでも、と続けようとしたマサルに、リコは語気を強めた。
「姉貴が目を覚ましたときにお前がいないんじゃ、かわいそうだろ」
「……そう、だよな。アンさん、ごめんね」
ダイアナにひしりと抱き締められていたアンは、わずかに頷いたようだった。
とはいえ、まだマリー・ロースが死んだと決まったわけではない。
不安なままで夜を越すのはあまりに辛い。
それを忘れさせるようなことを言い出したのは、モーカル家の長男・マカだった。
「多分、あそこには私……いや、我々の父上もいます」
「そんな!」
声を上げたのはダイアナである。
自分を落ち着かせようと必死になっていたダイアナの突然の戸惑いに、うずくまっていたアンが顔をあげた。
マサルはいたたまれなくなって、ある提案をした。
「俺たちの泊まってる宿に残ってるはずのメイドさんたちのことも放っておけないし、宿に行きませんか? 話はそこでしましょうよ」
「そうだな、族長殿の意見はもっともだ」
マサルの提案に賛同したマカは、既に起き上がっていた弟のタマニに告げた。
「お前には悪いが、妻に私は無事だと伝えてくれないか。こちらが落ち着いたら、宿から使いをやる」
「それはいいけどよ……親父はどうして……」
「……父上は私が思っていたより、ずっと行動力があったんだ」
それは答えというよりも独白に近かったが、タマニはマカの自宅へと歩き始めた。
去り際にタマニはマサルに告げた。
「嫁さんに怪我させちまって、ごめんな」
「お互い様だろ」
タマニはにかりと笑った。
マサルもまた、タマニのことが気に入り始めていた。