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身を焼く価値は人それぞれ

『やっぱ、無謀だったか?』

 マサルの頭に弱気がよぎる。

 リコが一方的にやられかけているのを見たからといって、ついこの間まで体格に不満のある人間でしかなかった自分が、力勝負だなんて。

 動機だけで勝てるなら、誰も苦労はしないのだ。


 そう、動機だけでは勝てない。

 マサルにあったのは動機だけではなかったのだから。


『マサルさん、立って!』


 頭に直接、声が響いた。

 それまで血の駆け巡る音ばかりが聞こえていた耳がクリアになった。

 苦しかったはずの呼吸が、楽になった。

 マサルの足元、石で舗装された広場に、罅が走った。

 オーク特有の黒みがかった皮膚に、見慣れない青色の筋が幾条も浮かび上がると、見物人はその異様さにどよめいた。

 マサルの膝が、肘が、態勢が、力勝負を始めたばかりの状態へと戻っていく。

 それだけではない。マサルが一押しすると、一挙にタマニの姿勢が崩れた。

「プギィ!?」

 更に押して、今度は引いて。

 そのまま、後ろに投げた。


 見ていた者達はありえない光景を目の当たりにしていた。

 成人のオークが力技で宙を舞ったのである。

 それは十メートルほどの高さにまで達し、そのまま商工会議所の玄関脇の壁に激突した。

 堅牢な造りでなければ、そのままぶち抜いていたかもしれない。

「さっきの声、イベさん……?」

 マサルは呆然としながら、イベが駆け寄ったはずのリコの方を見た。

 そこには青色の炎を纏ったイベがいた。さながら、船のために暗闇を照らす灯台のようであった。

 リコは困惑の目で姉を見ていた。

 その炎はすぐに消え失せたが、イベもまた倒れたのだった。

 それと前後して、マサルの体から青い筋が消えた。

 体中から力が抜けて、立っているのも難しくなった。今すぐにでもイベの所に駆け寄りたかったが、マサルは尻餅を大きく搗いたのだった。


 この騒動に集まっていた野次馬たちは、事ここに至り、ようやく「この騒ぎは何だったのか」という点に興味を持ち始めた。

 そんなときに商工会議所の中から名士であるマカ・モーカルが現れた。

 マカは紺色に白の縁取りがされた着物をパリッと着こなす精悍なオークで、落ち着きもあった。

 彼は自分の弟であるタマニが建物の壁の下でひっくり返ってるのを見て、声をかけた。

「タマニ。黙って私の後を付いてくるのはやめなさいと前にも言っただろう」

「だ、だって俺、兄ちゃんが心配で……」

「まったく。結局、騒ぎが大きくなってしまったじゃないか」

 そうは言いながらも、マカはあまり機嫌が悪そうではなかった。商人として底の見えない暗闇を覗き込むことも少なくない彼にとって、弟の純朴さは昔からほっとするものがあるのだった。

 彼はまず、意識を失っているイベに寄り添うリコに訊ねた。

「リコさんですね? あなたもだが、そちらの女性は大丈夫ですか?」

「あ? ああ……あたしも何があったかよくわかんねえんだけど、多分、寝てるだけだと思う。それより、あんたが?」

「はい。モーカル家の長男、マカ・モーカルです。弟と妹がご迷惑をおかけしたようだ」

 リコは傭兵稼業の中でそれなりに人を見る目を養ってきた自信はあったから、怪しげな行動をしていたと思われるマカに後ろ暗さが感じられないことに、首を傾げた。

 それからすぐに、大事なことを思い出した。

「そうだ! ダイアナは? あんたと一緒じゃないのか?」

「妹には用事を頼んだんです。じきに出てくるはず……」

 と、マカが会議所の中に視線をやったところで、通りの向こうがまた騒がしくなった。

 この頃になってマサルもようやく歩ける程度にはなっていたから、通りの方を気にしながらもリコたちの所までやってきた。

 マサルがリコに目を合わせると、彼女は頷いた。

「姉貴なら大丈夫。それと……助けてくれてあんがとな」

「当たり前だろ。ふ、ふ、ふ……」

 夫婦なんだから、とは言い辛い。さっきはあれだけ興奮していたから恥ずかしいことも言えたのだ。

 リコは苦笑いをしてから、マサルに頼み事をした。

「こんなときに何だけどよ、落ち着いたら話があるんだ。二人きりで」

「うん、いいけど?」

 気軽に返事をしたが、それが果たされるのは結局、翌朝以降のことになる。


 それは二つの理由による。

 行方不明になっていたアン・ロースがダイアナと一緒に建物の中から出てきたこと。

 そして、裏山の領主館が火事になっていたことだ。

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