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餅は餅屋

 マサルはイベの入れてくれたハーブティーを自分の手の平ぐらいもある茶碗で飲んで、ようやく落ち着いていた。

 イベは茶器が巫女にとっての仕事道具だと教えてくれた。精神を集中させたり、怪我を治したりするためだ。

 彼女は他にもマサルが状況を少しでも理解できるよう、直接関係の無い事柄から話してくれたが、彼女の声はとても優しげに聞こえた。


 イベの話によれば、彼女とカーツは幼馴染だった。

 というのも、この集落はオークとエルフが共同生活をしているらしい。

 そのなりたちは次のようなものだった。


 かつて、オークの集落のメスだけが死ぬ病が流行った。オークたちは繁殖力こそあるものの、労働の生産力は小さく、見た目のイメージと違って狩りも上手くなかった。

 そんなオークを助けるために、あるエルフの女性が集落にやってきたという。彼女は連れてきた仲間たちとオークと暮らし、畑を開拓する方法を教え、自分たちは器用な手先で加工品を造って、生計をたてた。

 当時の族長とエルフの間に愛が芽生え、オークの神はそれを祝福した。やがて二人の間には子供ができ、他のオークとエルフのカップルも続いたのだという。


「神の祝福によって、この集落にはあることが起こるようになりました。オスは必ずオークとして生まれ、メスは必ずエルフとして生まれたのです。お互いの足りない部分をこれからも助け合うようにと」

「えっ? それって不便じゃないの?」

「子が成せるので問題はありません……一応」

 なんだか歯切れの悪い答えだったが、性的な話題だったからか。

 寝室の横にあった大きな居間の窓の木蓋はほとんど閉められていて、囲炉裏の火が木造の室内を照らしてくれている。

 換気用に開けられているいくつかの窓の外が明るいことから、一応は今が昼らしいことがわかった。

 自分の目で確かめた方が良いことも多そうだ。

 マサルは一度、話を区切ることにした。

「細かな話はとりあえずこれぐらいでいいよ。ありがとう、イベさん」

「ふふ、穏やかな喋り方をされるのですね。カーツはもっと子供っぽかったんですよ」

「……」

「私ったら、ごめんなさい」

 別にイベが悪いわけでもない。かといってマサルが悪いわけでもないので、代わりに謝るわけにもいかない。


 とりあえず今現在、最も責任が重いことをしでかした人物である族長のアブーラは、目の前で食事中だった。平べったい餅らしきものを囲炉裏で焼いて、タレを付けて、のんきに食べていた。

 族長はマサルの視線に気付いたらしく、反論した。

「仕方ないだろ。お前が目覚めるまで祈祷しとったんだから」

「それについて、ずっと気になってることがあるんだけど」

「なんだ」

「どうしてカーツさん以外の魂を使うことにしたの? だって、違う魂だったら生き返っても意味ないじゃん。別人なんだからさ」

 それはイベも聞きたいことだったらしく、やや険しい目で族長を見た。

 彼は餅をしっかりと飲み込んでから答えた。

「ただただ腐っていく息子の体を見るのがしのびなかったから……というのもあるが、まあ、もっと深刻な理由があってな」

「おお、あるんだ! 深刻な理由が!」

「うむ」

 なんかもうノリと勢いだけでこんなことになってるんじゃないかと不安だったので、少しだけマサルの溜飲が下がる。少しだけだが。

 族長はその理由をついに明かした。

「オークのエルフ離れだ」

「オークの……エルフ離れ!?!!」

 元々この集落には二十世帯ほどが住んでいて、オークの大きさも考えると集落としては結構な大所帯だった。

 それが次第に「俺もエルフ以外と恋がしたい!」とか「村の中だけで結婚なんて夢が無い!」「同じオークの大きな胸に抱かれたい!」と集落を離れるオークが増えていった。

 そしてついには、集落の若いオークは族長の息子であるカーツだけになったという。


「なんでそんなことになるまでほっといたんだよ……」

「わしらにとってエルフは大切な存在だ。好きでもない、大事にすることもできない、そんな奴らは出ていってもらって結構!」

 族長の言い分もわかるといえばわかるが、生まれたときからエルフが当たり前にいる環境だったら、自分の価値観や選択を優先したくもなるだろう。

 問題が顕在化してくると、その責任をお互いに押し付け合って、更に溝が深くなる。そんな悪循環が容易に想像できた。

 このままだと若いエルフも相手を探して集落を出ていかなければならない日がやってくる。

「それでもまあ、カーツが一人勝ちで両手に花、うはうはになっとれば、噂を聞いた奴らが戻ってくる。そう思ったんだ、わしは」

「いい加減過ぎる……誰も止めなかったのかよ」

 マサルのもっともな意見に反応したのは、族長ではなくイベだった。

 彼女はもじもじと自分の手を揉みながら、答えた。

「わ、私はカーツと一緒になれれば良かったので……」

 イベが変わり者なのか、エルフはみんなこうなのか。あるいは女性だからなのか。

 この世界の知識も恋愛経験もほぼゼロのマサルには、判断材料が無かった。


 いずれにしろ、ここで族長やイベを責めても、得られるものはないだろう。自分の元の世界、元の体に戻る方法を考えるにしても、二人とぎくしゃくするのは避けたい。

 少し落ち着いて考えを整理したマサルは、これまでは繊細な話だからと避けてきたことを訊ねることにした。

「カーツさんは、なんで死んだんですか」

 その言葉に、族長とイベはうつむいた。

 それはそうだろう。親しい人の死をいやでも思い出さなければならない。ただ、マサルも言葉を引っ込めるわけにもいかない。

 五体満足だったということは、怪我などが原因ではないだろう。重い病気だったとも思えない。

 マサルがあれこれ考えながら空気の重さにじっと耐えていると、やがて族長が口を開いた。

「これだよ、これ」

「ん?」

 族長が囲炉裏を指差した。そこには灰の中に突っ込んだ餅に焼き目が付いていて、そろそろ食べごろだった。

 食べるときは灰を手で払うという、なかなか豪快な食事である。マサルも段々、食べたくなってきていたところだった。

「餅を食い過ぎてな、ノドをつまらせたんだ」

「……嘘だろ?」

 マサルが半笑いでイベの方を見ると、彼女は目元を押さえながら答えた。

「カーツのバカ! あんなに餅を食べ過ぎないでって言ったのに!」

 これは……冗談ではないらしい。

 マサルは頭がくらくらして、後ろにひっくり返った。

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