あしたたば
人混みは商工会議所の前の広場の辺りで途切れた。
広場で暴れている二人を遠巻きに眺めているからだ。
一人はこの街で一番の力自慢、石大工の棟梁を努めるタマニ・モーカル。彼はモーカル家の次兄。ツノツキでも特別ゲストで呼ばれるほどで、人望もある。
そしてもう一人は、エルフの女戦士・リコだった。
マサルたちが広場に抜けたとき、この二人は広場のど真ん中で、それぞれの武器をぶつけ合っていた。
リコは自慢の肉切り包丁。
タマニはそれに対し、商工会議所の出入り口を守っていた巨大な扉で戦っていた。
彼はその丈夫な扉をぶん回し、リコもやはり肉切り包丁をぶん回す。
そんな戦いがかれこれ何分も続いており、それでも扉はまだ扉とわかる原型を留めていた。
「リコの奴、なんであんな戦い方を?」
彼女は確かに力自慢だったが、以前のマサルとの戦いでもわかる通り、オークとは比べようがない。
今なんとか拮抗しているのは、リコの方が慣れた武器を使っていて、それで相手の攻撃を上手く捌けているからだ。
上から叩き付けられそうになれば横に薙ぎ払い、横からくれば斜めに逸らす。それを機械的に繰り返しており、それはそれで高度な技術なのは間違いない。
だがそんなことをするぐらいなら、素早さを生かして立ち回り、隙を見て相手の腕なり足なりを痛め付ければ済む。彼女ならある程度の加減もできるだろう。
奴隷商人たちを相手にあれだけの活躍をしたリコにしては、消極さが目立った。
イベは振り落とされまいと今さっきまで必死にマサルの頭にしがみついていたが、マサルに頼んでおろしてもらってから、彼の疑問に答えた。
「多分、あの子……普段ほど足腰に力が入らないんじゃ」
「あっ」
その意味がわからないマサルではない。なんせ責任の半分があるからだ。
「それなのにあいつ、自分から班分けを言い出したのか……」
「あの子もわかってなかったんだと思います。ぶっちゃけ、あの子、単純なので……」
「ぶっちゃけましたね……」
苦笑いしつつ、マサルはイベに言った。
「まあ、そんな所も良いんだと思いますよ、あいつは。」
マサルはイベの乗っていた部分をパンパンと叩くと、今一度、鼻息を噴いた。
彼は知らなかったが、それはオーク同士の決闘前の合図である。
渾身の一撃で、とうとうリコを弾き飛ばした相手が、マサルの闘志に気付いた。
「お前も兄ちゃんの敵か!」
「そんなん知るか! 人の嫁に手を出すんじゃねえ!」
マサルの言葉にびっくりしたのはリコだったが、しばらく立ち上がれそうにない。
彼女の所にイベがとことこと走り出したのとほぼ同時に、マサルは目の前の、自分と互角と言える体格の相手へと、弾丸のように飛び出した。