牛しかいない牛追い祭
「早く、早く! あっちです!」
「わかってんですけど……ちょっと! 邪魔だって!」
マサルは思わず声を荒げたが、それは頭の上にしがみついてるイベに向けてのものではなかった。
イベが指し示す方向に行けば行くほど、人混みの度合いが増している。
マサルはオークの群れの中でも文字通り頭一つ抜けているから良かったが、たまたまこの街にやってきていると思しき人族やエルフといった小さめの種族は、轢き殺されないように、慌てて道の端に逃げている有様だった。
騒ぎの中心がそちらにあるのは、もはや誰の目にも明らかだった。
「結果論だけど、班分けは失敗だったかも」
イベによればこの騒ぎの方向にはリコがいるらしい。班分けを提案したのはリコでも、マサルは責任を感じていた。
それについて、イベが否定した。
「そんなことありませんよ……また、聞こえました。この騒ぎのおかげで、アンさんの声が拾えました」
「は!? ほんとに!?」
「悪い知らせとしては、この人混みを掻き分けなきゃいけない点では何も変わらないことですね……」
つまり、方向が一緒ということだ。
マサルは少し迷ったが、イベに確認した。
「イベさん、ぱっと見でこの先に体の弱そうなオークとかいます? おじいちゃんとかおばあちゃんとか子供とか」
「あー……大丈夫みたいですよ?」
「じゃあ、俺にしっかり掴まっててください」
「えっ」
マサルはこれ見よがしに、通りの真ん中で四股を踏んだ。
突然の地響きになんだなんだと振り返った人々が、真っ直ぐに通りの先を見据えるオークを見て、気付いた。
『あっ、こいつ、突進する気だ』
それで咄嗟に避けた者もいたが、大半は無理だった。心の準備ができただけでも十分だろう。
車のマフラーのように鼻から息を噴いて、マサルが人混みに突っ込んだ。
手癖の悪い奴が「なんだテメエ」と殴りかかってきても、肘打ちで強引に突き倒した。
反射的にマサルを押さえようと体をぶつけてきた奴は、後ろに放り投げた。
通りの建物の二階から見ていた者が「お前ら、避けろ、避けろ! そいつは無理だ!」と叫ぶと、他の建物の者も追従した。
「開けてやれ!」
「っていうかあいつ誰だ!?」
「ツノツキの選手じゃないのかよ!」
「あんなでけえのに誰も知らねえのか!」
悲鳴同然の声が膨れ上がる中を、マサルは突き進む。
父親や母親に危ないから部屋にいろと言われ、不貞腐れていた子供は、突如として現れた巨漢のオークに、窓から声援を送ったほどだった。
頭の上のイベは「ほわわ〜〜〜!」と緊張感の無い悲鳴をあげているが、おかげで振り落とされてないことがわかった。
マサルはたった二百メートルを進む間に、二十人のオークを『取り除いた』のだった。他の通りと違い、マサルが通ったこの道だけは、茫然自失で静かになったオークたちが大半となった。