台バンは迷惑行為
「おっと!!」
リコは咄嗟に大机に手を突いて、そのまま前方へ逃れた。
大机に襲撃者の豪腕が突き刺さり、罅が走って、自重を支えきれなくなって中心から砕け落ちる。
『とんでもねえ馬鹿力! マサルより力があるんじゃねえか?』
「お前、誰だ! オークの臭いしない! 鼻が曲がる臭いする!」
そう訴える相手は、影になっていて顔立ちはよくわからないものの、姿かたちは間違いなくオークのものだった。それも成人済みのオスの中でもかなりの体格だ。
「失礼な奴だな!!」
「失礼じゃねえ! 兄ちゃんを守るのが俺の仕事!!」
話は通じるようだが、早々にお互いの譲れないラインが見えてしまったのも確かである。
いずれにしろ、今の騒ぎは広々とした作りの建物の中を響き渡り、外にも漏れたに違いなかった。
『さっさとずらからねえとやべえな……!』
「ぶぎぃいいいいいいい!」
全力で鼻を鳴らして、オークが殴りかかってきた。
それを避けようとしたとき、リコの体に異変が起こった。
腰から足が、急に動かなくなった。
『げっ! これって姉貴と同じ……!』
交尾の影響。姉にだけそれが出たと思っていたせいで、完全に油断していた。
幸いだったのは、相手も夜目がきかないために狙いが大雑把だったことである。
拳はリコの目の前の地面を叩いた。
その拍子に転がっていた木片がリコに飛んで、体中を切り裂いた。
瞬時に体中の筋肉を膨らませて防いでも、限界がある。攻防一体の肉切り包丁を背中からおろす暇さえない。
動きが止まったリコに、今度こそ拳が命中した。
彼女は受付のカウンターを飛び越して、待合所の長椅子に突っ込んだ。
そのせいで肉切り包丁の紐が切れて、飛んでいってしまった。
相手はこの建物の中をよく知っているようで、暗闇にも迷わず、こちらに突っ込んでくるのが足音でわかった。
『やべえ……死ぬかも』
今までもそういうことは何度かあった。
そしていつものように、姉の顔が浮かんだ。するといつも気持ちが落ち着いて、なんとか危機を脱してきたのだった。
しかし今回は、少し様子が違った。
『あれ、なんだ? 姉貴のこと、なんか……すげえ、むかつく』
そう感じた途端に、リコの歯車が噛み合った。爆発的に筋肉が膨れ上がり、時間の流れも体感上は遅くなった。
相手の突撃をぎりぎりまで引き付けてかわすと、相手はそのまま正面出入口の扉をぶち破った。表の明かりが入ってきて、武器の場所がかろうじてわかった。
「こうなったら後のことなんてどうでもいい! なんか、なんか知らねえが! 今の私はすげえむかついてんだ!」
その声が姉の耳に届いていることまで、頭は回らなかった。