エルフの耳たぶはどこか論争
この回までに一部の登場人物の名前に誤った表記があったので修正いたしました。今後も気付いた範囲で修正はおこないます。
都市部の夜は、古今東西異世界と、どこも明るいものらしい。
松明の下でボードゲームをしている者もいれば、酒を飲んで歌っている者達もいる。
オークの歌声は聴き応えがあり、落ち着いたときならマサルもじっくりと聞いていたくなるほどだった。
「大丈夫? うるさくない?」
耳を澄ましているイベにマサルは訊ねた。
「歌声や雑踏の領域だけ無視すれば済むので」
そんなことまでできるのか、と驚きを口に出しかけて、マサルは自分の口を手で押さえた。
本当ならイベはまだ寝ててもらっても構わない状態の所を、協力してもらっているのだ。邪魔はできない。
姿を消したアン・ロースを探すに当たり、リコは班を分けることを提案した。
彼女曰く「アンの声を知ってるあたしと姉貴が一緒に探しても、効率が悪い」とのことだった。
エルフの能力についてはマサルもわからないことが多く、参考意見は取り入れるべきだった。
そして、行った班分けは以下の通りである。
マサルとイベ。
リコとダイアナ。
それ以外のオークの女騎士たち。
これら三グループでアン捜索は行われることとなった。
イベはマサル以外と組んでも、落ち着いて能力を発揮できないらしい。
リコとダイアナは、ダイアナが街に詳しいことと、彼女が二重遭難しかねないこと。その両方を考えてだ。
そして女騎士たちについては、彼女たちがあまり出歩くと街の人達が警戒してしまって、かえって探し難くなってしまうことから、領主館に戻ってマリー・ロースの面倒をみてもらう子たちと、宿で待機してもらう子たちという具合に、役割を分担してもらった。
マリーは娘の不在については知らないそうだが、いくらなんでも、そろそろ気付いているに違いない。宥める役が必要だ。
また、実は何事も無かったアンがマサルたちの宿に現れる可能性もゼロではないだろう。
ダイアナによればこの街も何かとゴタゴタがあるらしいのだが、だからといって即事件と決め付けるのも危うい。
マサルが状況を頭の中で整理していると、やがてイベが声をかけてきた。
「マサルさん。少し移動しましょう。同じ場所でやっても大した効果は出ません」
「いいけど、具体的にどんなことしてるの?」
「えーっと……いざ口にすると難しいものですね。自然とやれてしまうので……」
マサルに抱えあげてもらったイベは、移動中にその『自然にやれてしまう』ことを話してくれた。
エルフは目が良いが、特別に夜目がきくわけではない。それを補うのがあの尖った耳であり、その耳をわずかに動かすことによって角度を付け、危険や目標を察知する。
それだけ耳に神経や筋肉もあり、かなり敏感らしい。
「だから、あまり親しくないエルフの耳は触っちゃだめですよ」
これはあれだ、親しい私のはもっと触ってください、という意味だ。
そこら辺の機微がなんとなくマサルにもわかってきたが、ここですぐに触るのも軽薄な気がした。
イベは話を続けた。
「私の場合、他の子よりも耳が良くて……生まれてじきに、耳の形と大きさで大体わかるんですよ」
言われてみれば、イベとリコではリコの方が体格は良いのに、耳の大きさはそんなに変わらない。むしろイベの方が大きいぐらいだ。
彼女は自慢するようにピコピコと耳を小刻みに動かしてから、話をもとに戻した。
「この街に来た当初は戸惑いましたが、大分慣れました。アンさんの声は覚えましたし、彼女が何かの拍子に大声でも出してくれれば……」
「それと移動することは何か関係が?」
「今現在のこの街の色んな音の源との距離や高さを変えることで、雑音を除去し易くしたいんです」
つまり、材料が増えれば増えるほど精度が上がるということ。
なんというかこう、もはやフィルタリング機能である。
そこまで聞いて、マサルは気付いたことがあった。
「あれ? それなら昨晩の煩い中でも……できたんじゃないの?」
「……ま、マサルさんにも気分良い状態でしてほしかったから……」
「……」
それについて聞いて、思わず『さっきはどうでしたか?』と聞きかけた。
が、それはできなかった。
マサルが気を遣ったからではない。
イベの耳があることを感知したからだった。
「これは、リコの声? どこ?」
マサルは慌てて、イベを頭の上に乗せた。そこが一番高い位置だからだ。
周りは何かの見世物かと思ったようだが、すぐにイベが音の源を突き止めた。
「あっちです! あの塔の辺り!」