狭くて困るのは心だけか
「なんで〜リコは〜平気な顔してるわけぇ〜?」
イベの震えた声が、宿の食堂に流れる。
多分、腰に響かないように喋ってるせいで変な抑揚になっているのだろう。
「そりゃ私は普段から鍛えてるからな。ま、入れた側はお気に召さなかったようだけど?」
「いやいや、そんなこと言ってないだろ。イベさんの方が入れ易かったってだけで」
「ほんとかー? 曖昧なこと言ってねえで、はっきり感想言ってみろよ!」
「どっちも凄く良かったよ!!」
「よっしゃ! ならいい」
新婚夫婦の会話を宿の主人はニコニコと聞きながらイベの腰にとクッションをくれるなどしていたが、オークの女騎士の方は大変に居心地が悪そうだった。
ちなみにここにいるのは一人だけで、他の騎士たちは再びアンを探しに出て行った。
あまり気にしていなかったが、領主館にいた女騎士兼メイドたちは結構若いのだと思う。
まだまだ外見でパッとはわからないが、宿の主人やその奥さん、その他諸々と比べた場合、喋り方や目付きといった細かな部分に幼ささえ感じられる。
あくまで印象だが、現代社会の人間でいうと中学生ぐらいなのではなかろうか。
そんな子らの前で初夜の話をおおっぴらにしているわけで、マサルは一際大きく、咳払いをした。
「えーっと、話がそれちゃってごめん。君は……」
「ダイアナ・モーカル。ダイアナとお呼びください」
「うん。わかった。ここは領主館でもないし、君もあまり気を遣わなくていいからね」
この子もアンと同じく立派な名前で、こっちの方が恐縮してしまう。
名前だけでなく領主館にいる女騎士兼メイドたちは商工会の有力者たちの娘が多く、教育なども行き届いている。
そこまではマサルも知らなかったが、彼女たちからは行儀の良さだけではなく、立場以上にアンを心配している必死さが感じられて、こちらとしても力を貸してあげたくなったのだった。
マサルは何かと世話してくれる宿の夫婦にお茶のおかわりをお願いしてから、ダイアナに質問した。
「アンさんがいなくなったのは聞いたけど、そもそも館から出たのっていつなの?」
「マサル様たちがお館を出てからじきのことです。多分、マサル様のことを追って……」
「うーん……あの人、なんで俺のことをそんなに?」
「これはお側仕えをして勝手に感じたことですが……」
それでも構わないとマサルが頷くと、ダイアナは続けた。
「お嬢様……アン様は、商人もドヤ街の者も、お好きになれないのです。そこにマサル様のような颯爽としたことが現れたので、その……恋をなさったんですわ、きっと!」
「恋ねえ……」
ダイアナだってそんなに恋がどうのと言えた風ではないのだが、恋に恋するという奴なのかもしれない。
まあ、そんな子の前で猥談をしてる方もしてる方か。
大体、こんな短期間でこうも人に好かれること自体、自分の方に問題がある気がマサルにはしてきた。
やはりあの森の神、何か素行に問題があるのではなかろうか。
「そうだ、森といえば。イベさんとリコなら俺やダイアナちゃんたちよりも上手く探せるんじゃないか? って、どうしたの、二人とも」
姉妹揃って、茶を難しい顔でしばいている。
「そりゃあ、私達は目も耳も良いですけど?」
「颯爽としてるマサル様がお探しになられた方がようござあせんこと?」
この二人、前より仲良くなってないか?
マサルもまた、難しい顔で茶を啜ったのだった。