サウナも慣れると癖になる
マサルは一人、サウナに入っていた。
室内の明かりであるランプは、湯気でゆらゆらと揺れて、落ち着きがない。
ついさっきまで、彼は姉妹を抱いていた。
元は別の人格が入っていた体で、複数の異性と肉体で結ばれるというのは、罪悪感が少し……いやわりと……かなりある。
しかし、そうした迷いなどもひっくるめて、お互いを強く求め合う。そんな経験が、悩みは悩みとして受け入れる強さを与えてくれた気がした。
そう、あくまで気がするだけである。そんなのは「童貞を捨ててイキってるだけ」と片付けられても仕方の無いものかもしれない。
それでもマサルは、今日の交わりについて卑下する気は無かったし、そう思える自分と、信じてくれる姉妹のことを大切にしたかった。
これで何もかもが解決したわけではない。それどころか問題は山積みである。むしろ増えてるのかもしれない。
それでも一つずつ片付けていこうと思えるのは、彼なりに責任感が芽生えている証拠だった。
何度目かの大きなため息の後、マサルは水瓶の木蓋を開けて、持ち込んだコップに水をなみなみと汲んで、喉に流し込んだ。
この体になってから数日で気付いたが、オークはとにかく水をたくさん飲む必要がある。行為の後だから、尚更に喉が乾いた。
そうしてると、サウナの出入り口から見覚えのある姿が入ってきた。
何年にも渡って丹念に鍛えられ続けた筋肉と、それでいてやわらかな肌を失わないでいるエルフ。
それを先程、誰よりもよく知ってしまったマサルは、少し口がこもった。
「お、起きたの? ……リコ」
「まあな。なんだ、他に誰もいねえのかよ。気まずいじゃねえか」
口ではそう言いながらも、リコはマサルの隣に座った。しかし昨日と違う点があって、彼女はマサルをちらりと見ると、布で体を隠した。
「……変な気分だ。抱かれた後の方が、その、なんか……恥ずかしい、んだよ」
「わかる」
「わかってたまるか。あんなでっけえもん突っ込まれる方の気持ちがよ」
それを言われると大変に恐縮である。
にも関わらず入ることは入ったので、肉体の神秘というかなんというか。
「姉貴なんてまだ寝てるぜ?」
「でもイベさんの方がすんなり入ったけどな」
「……それ、筋肉の量の問題だと思うけど……あたしに言うなよ……」
「えっ、ああ……わるい……」
会話が途絶えて、もう一度マサルは水をがぶ飲みした。
下顎から上へと牙が出てる関係で、人間だった頃のようにキレイに飲むのはなかなか難しい。あまり気を遣うと、今度はむせてしまう。
「オーク用のストローって作ったら、結構売れるんじゃないかな」
「ストローって、酒を飲むときに使うやつか? 上の方の泡を避けて、ちゅーって飲めるやつ」
「あっ、こっちにもストローってあるんだ」
「あるある。でもなあ、オークで使う奴は見たことないな。泡なんて気にしないからな」
どんなに有用なものでも普及するまでが大変だというのはよく聞いた話だ。
別に個人で使う分には人目を気にする必要もないのだし、自作しても良いかもしれない。
と思っていたら、リコの方から提案があった。
「あたしが作ってやろうか?」
「ほんとに?」
「ああ。家に帰ったら、適当な材料を探そうぜ。で、姉貴とあたしのも作ってさ」
楽しそうに計画を話し始めたリコに、マサルは少し頬が緩んだ。
急に外が騒がしくなったのはそのときである。
どかどかと大きな足音がいくつもして、じきにサウナの中にまでそれは及んだ。
リコはいつも持っている得物が無いことを悔やみつつ、無意識にマサルの腕に寄りかかっていた。
サウナの中に入ってきたのは、武装したオークの女騎士、数人だった。
「ご無礼をお許しください! マサル様、アン様を見かけませんでしたか!」
そう言われて初めて、女騎士たちが領主の館でメイドの姿をしていた子たちだとマサルは気付いた。
「リコ、館を出てからアンさんと会った?」
「いや、全然? それに帰ってきてからはあたしたち、その、ナニしてたから」
二人の会話で察した女騎士たちが、やや色めき立った。
しかしすぐに仕事を思い出した。
「ま、ますますお邪魔をしてしまったようで……ですが、アン様が何の連絡も無くいなくなったのは初めてで。領主様が心配される前に見付けねばとこうして……」
やや高慢な所はあっても、アンは慕われているらしい。
マサルは少し考えてから、心配そうな者達に声をかけた。
「とりあえず、ここで話すのもなんだから、宿の食堂で待っててください」
「姉貴も起こさないとな」
女騎士たちは戸惑いを隠せなかった。
「え、エルフを同時に二人も……」
「流石は族長ともなると……」
とんだ誤解である。いや誤解ではないか。
リコが女騎士たちをやや強引に追い出したところで、後からマサルもサウナを出た。