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神は余計なことばかりする

 集落の長であるオークシャーマン・アブーラの一人息子が死んだ。

 若いながら集落の誰からも慕われていたから、このちょっと特殊な集落を今後もまとめていってくれるだろうと、期待を背負っていたのに。


 アブーラは三日泣いて、三日悩んで、七日目にあることを決意した。息子の体はまだ腐り始めてはいなかった。

 シャーマンは一生に一度だけ、崇める神に願い事をすることができた。

 多少は無茶な願いも許された。

「神よ、どうか息子の魂をお戻しください」

 神の返事は残酷なものだった。

『残念だが、いかな万能なる我でも死を受け入れし魂を戻すことはあたわず。汝の息子は既に旅立った』

 当然といえば当然の答えに消沈するアブーラ。

 しかし、神の答えには続きがあった。

『ただし、別の魂を入れることはできる。汝の息子と似た性質の魂をな。だが、当然その魂の持ち主の体は滅びることとなる。汝はその決断の罪を負わねばならぬ』

「おお……なんと……! 神よ、私は、私は……!」



「というわけで、お願いを叶えてもらっちゃった」

「もらっちゃった……じゃないだろ!」

 ベッドの横から出てきたアブーラに説明を求めたのはマサルだったが、流石に途中でブチ切れた。

「今の流れで、なんですんなり叶えてもらっちゃうんだよ!」

「いや、だってわし、どうせ老い先短いしな。わしだけで罪が贖えるなら安いもんだろ」

 なんだか無駄に格好いい顔をされたので、マサルは馬鹿馬鹿しくなってきた。

 今聞いた話を全て信じるのであれば……この状況を受け入れるには信じるほかないのだが……マサルを襲った巨大イノシシは神の使いだったことになる。

 何がショックって、自分がオークの魂と近いと認定されたのが嫌だ。オークといえば粗暴で醜くて、ちょっとエッチなコンテンツだとすぐにエルフを襲ってる。

 アブーラも自分も、イメージ通りの布を巻いただけの格好である。

「いくら体が大きくなったって、こんな姿じゃ誰にも好かれないよ……」

「……そうか、お前はオーク以外の生まれだったのだな……」

 アブーラはその可能性を考えていなかったらしい。確かにオークに似た魂といわれたら、オークから持ってくると考えるだろう。

 それどころか、別世界の魂である。実は病院のベッドの上で意識不明の状態で夢を見ている可能性も捨てがたいが、それもそれで嬉しいものでもなかった。

 アブーラはベッドで上体を起こしていたマサルの手を取った。

「もしかしたら、これもまたわしの罪ということなのかもしれぬ。憎いのなら、わしを殺せ」

「えっ、いや、そんなこと言われても……引くだろ」

「空気読め。そこは『ああ、殺してやる!』と首を絞めてくるとこだ」

 まさかオークに空気読めとか言われるとは思わなかった。生きていると不思議なこともあるもんである。生きてるんだか死んでるんだか怪しいものだが。

 いずれにしろ、憎しみらしい感情も湧いてこない。今の自分がオークだという要素が他の全てを押し流してしまうのだ。

 それに話によればここはオークの集落らしいから、長であるアブーラをいたずらに傷付けることは賢い選択ではない。

 きっと今にも「長、さっきの叫び声は?」「ご無事ですか?」と他のオークたちが顔を出すに違いないのだ。


「アブーラ様、今の声は何事ですか!」

 そらきた! とマサルは一瞬緊張したが、声はとてもオークのものとは思えない、透き通った、高めの声だった。

 それもそのはず。入ってきたのはオークではなく、女性だった。背格好からすると、オークになる前のマサルと同い年ぐらいだろうか。

 銀髪が背中まで垂れていたが、特徴的だったのは耳だ。長く伸び、尖ったそれは、いわゆるエルフのそれだった。

 オークに捕まっているわけではないようで、身嗜みは清潔感がある。白く汚れのない立派な外套を羽織っているし、足を覆うタイツも破れがない。ブーツはよく手入れされているらしく、革に艶があった。

 彼女はアブーラの答えを待たず、マサルの方を見て大声をあげた。

「カーツ!?」

 女性は聞き覚えのない名前を叫んで、マサルの顔に飛び付いてきた。

 オークの体にもちゃんと神経はあるらしく、柔らかな体の感触が伝わってきた。

「ああ、カーツ……! 嬉しい! 生きてたのね!」

「あ、あの……胸が……」

「カーツ……? 私がわからないの?」

 琥珀色の目から放たれた視線が、マサルの目に突き刺さった。

 自分は何も悪くないのに、なんだかとても申し訳ない気持ちになった。

 アブーラは女性の肩を優しく叩いた。

「イベよ。カーツの魂は神に迎え入れられた。今この体に入っているのは別の者の魂なのだ」

「そんな……ああ!!」

 イベと呼ばれた女性の腕から力が抜けて、マサルの体から滑り落ちそうになった。

 マサルはとっさに彼女の体を支え持ったのだが、その軽さにマサルの方がびっくりした。

 マサルの手にお尻から乗った格好になった女性は、しばしそのままの状態でマサルと見詰め合った。

「あ、ありがとう……」

「いや、その……咄嗟に……」

 二人のやり取りを、アブーラは固唾を呑んで見守っている。

 事情はまだわからないが、カーツとこの女性イベが親しい間柄だったのはわかる。アブーラとしては複雑なのだろう。

 イベは努めて声を柔らかくして、マサルに訊ねた。

「あなた、お名前は? 覚えてる?」

「あの、えっと……マサルです」

「私はイベ。この集落の巫女です」

 ぎこちない自己紹介が、彼女との関係のスタートとなった。

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