炎は地に潜み
妹は、幸せになってほしい。
それはイベの中で何度と無く唱えられた願いだった。その願いは、彼女を前向きにさせてくれたから。
物心ついてじきに、父親はいなくなった。イベとリコの母親の病気を治すための方法を探しに森を出て、それっきりだった。
寝ている父親に「お父さん、お父さん」と声をかけながらお尻を叩くと、くすぐったそうに笑っていた思い出ばかりが残っている。
口さがない者の中には「エルフに飽きたんだろう」なんて言う者がいた。
父さんをお前達と一緒にするな。
まだ幼かったイベの心に赤々とした炎が燃え上がり、その炎が彼女の人生のエネルギー源になった。
母だけはそんなイベのことに気付いて「父さんや母さんのことはいいから。リコのことを考えてあげて」と、娘の熱量を良い方に向けようとした。
また族長の息子のカーツは、いつもイベのことを気遣ってくれた。オークは彼だけいれば良いんだ。そう思いさえしたが、やがてそれは現実となっていった。
エルフに飽きた奴らが、どんどんと村を出ていった。イベは口に出すことはなかったが族長に与する形で、怒りを表していた。
ところがあの日、カーツは突然、死んでしまった。
神様はどうしてこんな意地悪なことをするのか。
父さんも母さんも、カーツもいなくなってしまった。
いつか、リコまで。
カーツが死んだことの悲しみ以上に、イベを恐怖が支配し始めていた。
『マサル』と巡り会ったのは、そんなときだった。
マサルとカーツは優しさの面では似ていたが、違う所もあった。
悩みだ。懊悩だ。葛藤だ。苦しみだ。
カーツは悩みというものをほとんど持っていなかった。それが彼の優しさの源泉だったが、物足りなさがあったのも確かだった。
そういうものの見方は、残酷かもしれない。だって、マサルの悩みを自分は面白がっていたのだから。
そんな彼と結ばれることで、自分の中にある激烈な感情と恐怖が、いつか薄れていくのではないか。忘れられるのではないか。
集落の危機の中で一挙に膨れ上がった希望は、族長の死と新族長の誕生において自分が大きな役割を果たせるとわかった段階で、確かなものとなった。
自分が自分じゃなくなっていく感覚もあった。それが不安にもなったが、彼や妹と一緒にいられる時間はイベの心を弾ませた。
集落の外では、無理に自分を抑えなくても良い。最初はそう思っていた。
それは違っていた。マサルが自分を好きなようにさせてくれているのだ。
アンの存在から生じるどうしようもない嫉妬心と焦燥に戸惑って初めて、それがわかったのだった。
これまで、ただただ漠然と、夫婦だから、女だから、抱いて欲しいと思っていた。
でも、そんなことすら、彼は悩んでくれた。
彼に明確に求められたとき、イベはそれまで感じたことのない熱を自分の中にはっきりと感じた。
妹は、どうだったのだろう。
でも、でも。ああ、母さん。母さん。
私は。妹のことを考えられなくなるぐらいに。
愛しさが入り込んでくるのを。
初めての悦びと共に、迎え入れたのです。