怒られたときは素直に気持ちを話しましょう
「マサルさんもやっぱりオークがお好きだったんですか? そうならそうとはっきり仰ってください。遠慮なさらないんでいいんですよ? おっぱいですか? それともお尻? 個人的にはオークはお尻が魅力だと思うんですけど、あくまでエルフ的に見てですからね。殿方としてはやっぱり? おっぱいが? いいんですか? ねえ?」
館からの帰りはマサルにとって針山地獄に頭から突っ込んだようなものだった。
肩に乗ったイベは今までに無いぐらいの長台詞で喋るし、そっちに集中すると足を踏み外して諸共に山道を転がり落ちそうだしで、オークの神経も細るというものだった。
最初はイベと同じようなテンションだったリコでさえ、段々と姉の勢いについていけなくなったようで、宿に着く頃にはむしろマサルのフォローに回っていた。
「姉貴よう、マサルなりに相手に気を遣ってのことなんだからさ、あまりきつく言うなって」
「いいえ、なりません! いいですか、これは閨事に関わることなんですよ!」
「けーじってなんだ?」
「オスと! メスの! 交尾のことです!!」
エルフの美少女が大声でそんなことを言ったせいで、街の人達の視線がこれでもかと刺さった。
ただでさえこの街ではエルフの数が少ないので、物珍しさは相当であろう。
マサルは戸惑いつつも、しかし良い機会だとも思った。
わざと宿を素通りしたマサルは、静かな路地を見付けてそこに入り込んだ。そこはちょうど例の目立つ塔のある商工会議所の裏辺りだ。
彼はイベを肩からおろすと、不思議がっている姉妹に言った。
「大事な話をします」
「お、おい、怒ってるのか? 姉貴、謝った方が……」
「ううん、そうじゃなくて。とりあえず聞いてくれる?」
荒々しい場面では頼もしいリコも、こういうときは態度に落ち着きがなくなる。
イベの方はといえば、良くも悪くも肝が据わっているというか、割り切っているというか、堂々としていた。
「とりあえず聞きましょう」
イベの言葉にマサルは頷いてから、本題に入った。
「俺、どっかでオークやエルフ、この世界の人のこと、見下してたと思うんだ……それがさっきわかったっていうか」
「……思っていたよりスケールが大きな話ですね」
それにはリコも同感だったようで、首を傾げていた。
「うん……俺、二人のこと大好きだし、優しいし、美人だと思ってる。元の世界だったらこんなに素敵な出会いなんてなかったかもなんて……あはは、何言ってんだろな。まあ、それはともかく。元の世界で今みたいな状況だったら、とっくにセッ……交尾してると思うんだよ」
あまり難しく言うより、思ってることをそのまま言うべきだと思った。
「リコさ、あの戦いの後の墓掘りのとき、一緒に話しただろ。知らない相手だからこそ、はずれたことはしたくない、って」
「ん……ああ、したな。した。思い出した」
こういう話題が自分へ直接振られるとは思ってなかったらしいリコがうんうんと頷く。
マサルは石造りの壁を撫でながら、話を続けた。
「でも、枠にはめようとし過ぎちゃうと……それって違うと思うんだよな。近寄りたくない、近付きたくない……そういう気持ちが入っちゃってる。もっと俺は、状況を受け入れながら、二人のこと大事にしなきゃいけないなって。アンさんと話してて思ったんだ」
イベは難しい顔をしていたが、リコに墓掘りのときの話を簡潔に教えてもらうと、しばらく辺りをうろうろと歩き回った。
それも当然のこと。話しているマサルでさえ、完璧に自分の考えや気持ちを整理できた上で話しているわけではないのだから。
それでも今、言葉にして伝えることが、第一歩だと思えたのだった。
やがて、イベが足を止めて、マサルの顔をまっすぐに見据えた。
「マサルさんの仰ってること、全部わかったわけではありませんが……少しわかりました。つまり婚姻の話は単に先延ばしにしたわけではなく、まず私達とのことを優先させるたかったと」
「それって同じことじゃないのか? っていうか、マサルがあたし達のこと大事にしてるの、最初からわかってんじゃねえか」
「いやまあ、そうなんですけど……ふふっ、リコの方がマサルさんのこと、ちゃんとわかってたみたいですね」
「えっ、なんで褒められたの? 意味がぜんぜんわかってないのに褒められるとすげえ気まずいんだけど?」
リコの物言いに、イベだけでなくマサルも笑ってしまった。
ああ、この二人と出会えたことは、本当に幸運だったんだ。
マサルはその事実を改めて感じつつ、その機会を自分なりに大切にする第一歩を踏み出せたことで、自信を得てもいた。
彼は、言った。
「宿に帰ろう。三人きりになりたい」
その意味がわからぬ姉妹ではなかった。