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婚姻はいくらしてもいいが財産と気力には限りがある

 一つ。先日の街道沿いで起こった人族と間での戦闘は古き神の森を守るためのものであり、街道の治安を脅かすものではない。

 二つ。族長アブーラが亡くなり、その息子のカーツが新たな族長としてマサルと名乗る。


 ……以上が領主であるマリー・ロース・ガナに向けての書簡の内容だった。

 あの集落では巫女が族長の代筆をするため、この文章は戦勝報告があった後に族長がイベに書かせたものだ。

「古き神の森」はあの集落と森の正式名称らしい。

 高らかな声で読み終えたイベは、書簡を女騎士のアンに手渡した。

 そして彼女は、応接間の椅子でくつろいでいるマリーの目の前で書簡を開いてみせ、頷くのを待ってから、近くにいた別の者に書簡を預けた。

 マリーは銀製の腕輪こそ大きく、豪奢だったが、服装は過ごしやすそうなものだった。マサルの世界の東洋で着るような衣装を大きな帯で締めており、石造りの長椅子にふかふかの敷物を広げ、肘掛けに置いたクッションに体重を預けていた。

 マリーは厚ぼったい瞼を一度、大きく開け締めしてから、マサルたちに声をかけた。

「お話はわかりました。出入りの者たちから街道でのことは聞き及んでいましたが、まずは戦勝と、新たな族長の誕生をお祝いさせてください。念の為、私の名において街道の何箇所かに、触書を出しましょう。あなたがたに非はないことを明記いたします」

 それは低い声だったが、聞き心地の良い落ち着いたものだった。

 一番大事な用事が問題なく終わったことがわかって、マサルはほっとした。

 リコは姉を労い、イベも妹に照れていた。

 その様子を眺めてから、マリーが続けた。

「その大きな包丁……もしかして、ジベ様のお子さん?」

「親父を知ってるんですか?」

 マサルは父親の名前をここで初めて知ったが、口は挟まないでおいた。

 イベはといえば、やや眉を顰めていた。

「ジベ様は昔、この街に住んでいたことがあったんですよ。その頃はよく……」

 言いかけたところで、マリーは口を噤んだ。

 イベの表情が気になったのかもしれない。この状況をマサルは見守るしかない。

 やがてマリーの方から話題を変えた。

「つい話がそれてしまいました。歳を取ると思い付いたことがすぐに口から出てしまって……それより、こちらのアンのことはもう?」

 微動だにせずに控えていたアンが、一歩前に出た。

 彼女こそがマリーの一人娘なのだとマサルたちが知ったのは、この応接間に入る直前のことだった。

 マリーの夫であるオークが元々は領主だったのだが、アンが生まれてじきに亡くなってしまったらしい。

 マサルたちが質問の答えとして頷くと、マリーは告げた。

「このアンを、族長マサルの妻にしていただきたい」



「先日はドヤ街でお恥ずかしい所を見せました。マサル様が街に入られたと聞いて、探し回っていたのです」

 腰を据えて話してみると、アンは柔らかさも性格に持っていた。というより、マサルのことを気に入ってるらしい。

『どういうことだ!』

『横暴です!』

 応接間でイベ・リコ姉妹が大騒ぎするのを必死で押し留めて、マサルはアンから事情を聞いてみることにした。

 とりあえず前庭を借りてみたが、姉妹は遠くからこちらに聞き耳を立てていた。

「アンさんは兄弟や姉妹はいないんですよね? それなのに俺の奥さんになっちゃって良いんですか?」

「それは私も気になってたのですが、古き神の森と繋がれる利益はとても大きいのです。今はそちらの集落も何かと大変だと聞いておりますし……お互いにとって悪くない話ではありませんか?」

 逆に問い返されて、マサルは困ってしまった。

 何せ自分のことでいっぱいいっぱいで、既に妻が二人もいるのである。そこに更に、今度はオークの妻が加わるとなると、何をどうしたらいいか全くわからない。

「……この話、答えは急いだ方が良いんでしょうか?」

「!! では、私のことはお嫌いではないんですね!」

「というより、好きも嫌いもわからない状態で、お返事したくないんです」

「ああ、オークの殿方とは思えないぐらいにお優しい……!」

 人のことを言えた義理ではないが、もしかしたらアンはあまり人付き合いの経験が無いのだろうか。

 そんな心配をしていたマサルは、その優しさのせいで、こちらを覗く姉妹の視線がどんどん鋭さを増していることにも気付いていたのだった。

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