イチたすイチはエッチ
防音の大切さは、気にする立場に自分もなってみないとわからないものだ。
同じ部屋で夜を過ごしたマサルたち三人は、そのことを痛感していた。
「激しかったね……」
「ほんとに……」
昨晩、サウナから部屋に戻ったマサルとリコは、イベが壁に耳を付けているのを見付けた。
何事かと声をかける前に、イベの方から『いいから同じことをしろ』と手で促された。
いやいや、いくらなんでも隣の人に悪いだろう、とためらっていたら、それは始まった。
「ブォオオオオ!」
「ブギイイイ!」
怒涛のような雄叫びが石造りの壁を貫通して、マサルたちの部屋にも響いた。
「……隣の奴ら、先に始めやがった」
「先にって、これ、もしかして」
「交尾の声だよ」
マサルとリコの会話の合間にも、叫び声がひっきりなしに聞こえてくる。
普通なら宿から怒られそうなものだが、オーク同士はこれが当たり前とのことだった。
壁に耳を付けていたイベは一度はひっくり返っていたものの、すぐに起き上がって、今度はベッドの上で聞き耳を立てていた。
「や、やややや、やはり愛し合う者同士はあれぐらいでないといけません! さあ、我々も!」
「いやいやいや、いくらなんでもこの状況でなんて、うるさくって無理でしょ!?」
そうこうしているうちに、今度は反対側の壁からも聞こえ始めた。
そっちは更に音が大きかった。このときはマサルも気付かなかったが、先に始めていたのがサウナで一緒になった夫婦で、後から始めたのが若いカップルの方だった。
「げっ!」
これにはリコもびっくりしたらしく、思わず飛び跳ねていた。
イベに至っては耳を押さえている。
「さ、流石に左右同時だとやべえな!」
「だろ!?」
「仕方がねえ……一発終わって静かになるまで我慢するか……」
リコの提案に、マサルもイベもとりあえずで乗った。
多少なら彼女らも動じなかったようだが、ここまでだと雰囲気が無さ過ぎる。
ところがこれが、一発では終わらなかった。
一回分が長い上に、休憩無し。
最初は面白がる余裕も多少はあったが、四度目辺りからはもうかなりげんなりとしていた。
ベッドで仰向けになっていたマサルは途中であることに気が付いた。
『もしかしたら、自分よりも二人の方が耳が良い分だけ大変なのかも』
マサルが耳を塞ぐ目的で二人の頭を抱いてみたところ、安心した二人はじきに寝息を立て始めた。
イベだけでなくリコもまた、この旅で何かと神経を使っていたに違いなかった。
結局そのまま朝を迎えた三人は、左右の部屋の人達と顔を合わせるのも気まずいので、宿の人に頼んで朝食は部屋で取らせてもらっていた。
食事を運んできた宿の主人は、夜の後始末用にたっぷりと用意された布と水瓶に変わりが無く、意外そうにしていた。
「マサルさんは寝られたんですか?」
「うん」
イベに訊ねられて、マサルは頭を掻いた。
オークの適当な睡眠時間は知らないが、別に頭がぼうっとしてるとかは無い。やはりちゃんとベッドで寝るというのは気分が違うのだろう。
焼きたてのパンは香ばしく、きのこと卵焼きの和え物はとても美味しい。昨日までは干し肉や魚などのしょっぱいものばかり食べてきたから、尚更だった。
リコはというと無言でもさもさと食べており、明らかに欲求不満である。
マサルは、いよいよちゃんと謝っておこうと思った。
「……ごめん、俺、いくらなんでもはっきりしてなかった。今日、領主の人との話が無事に終わったらさ。二人のこと、ちゃんとするから」
それがどういう意味かは、もちろん伝わった。
そして意外なことに、二人からも謝罪があった。
「マサルさんが何かと心配してくれてるのに、はしゃぎ過ぎましたね」
「あ、あたしも押し倒す根性がないくせに、それっぽいことばかり言っててよ……悪かったな」
お互い様なことがわかって安心した途端、焼いた卵のように空気がやわらいだ。
もし今日何も予定が無かったら、このまま二人を抱いても良かったのかもしれない。
しかし、そうはいかない。
この予定がそう簡単なものでないことが、すぐにマサルにはわかったのだ。
「領主様からのお迎えがいらっしゃいましたよ!」
部屋で支度をしていた三人に、宿の主人が報せに来てくれた。
その迎えとは、昨日にオークを素手で打倒した女騎士オークだった。