肉体は美のとまり木である
ツノツキとはすなわち、角突きだった。
この催しはマサル達が入ってきたのとは反対側の門の外側、古くからある市場町で行われていた。
ここで財を蓄えた商人たちが、新市街に自分の一族のための屋敷や旅人をもてなすための宿を建てていき、門と石塀を整えて城塞化していったのだという。
今でも都市の重要な機能を担っている市場町のやや奥まった場所に、角突き場はあった。
設備はなかなか立派なもので、石造りの観客席がすり鉢状に造られている。
そのすり鉢の真ん中、大体直径十メートルぐらいの場所で、大きなオーク同士が自慢の体と体を競い合っていた。
「自慢の体」というのは修辞ではなく、この催しでは肉体美がとても重視された。
オークには牙があっても角が無いのだが、風習として角突きと呼ばれるのだという。きっと動物を用いた競技などと混淆されたのだろう。
この街に来ると必ずこの催しを見ているというリコが、屋台で買ったケバブ風の串ものをかじりながら、自分の姉とマサルに説明した。
「試合の時間が大体決まっててな。その中でお互いに自分が一番格好良く見える技を繰り出して、客を喜ばせる。相手より人気を集めた側が勝ちってわけだ」
「それって見てる側は良いけど、出てる人は面白いの?」
「んー、大体の奴は楽しんでやってるぞ。子供にも憧れられるし……是が非でも相手をぶっ殺したいような奴は戦に行っちまうよ」
戦争自体にスポーツ性があって、そちらが楽しい者はそちらを選ぶということらしい。まさしくこの催しは商人たちのもので、それを大切にしてきた人達のものなのだろう。
実際のぶつかり合いを見てみると、ラリアットに似た技が決まれば大げさに腕の筋肉を見せびらかすし、わざと観客席の近くまで追い詰められてから逆転の大技を繰り出すのまでいた。
オークの体の大きさでやられると、いやでも迫力がある。ブルドーザー同士が戦ってるようなものだ。
海外の動画で、改造した車同士をぶつけ合う競技を見たことがあるが、それにも引けを取らないように思えた。
「はあ〜……オークってすげえんだな」
「ばっかだな、お前は。この間のお前はあれよりずっと凄かったよ」
マサルの腕を叩いて、リコが笑った。
マサルとしてはあまり輝かしい思い出ではないのだが、褒められて嫌な気持ちにはならない。
そういえば、あのときはイベはいなかった。
彼女はどんな風にこの催しを見ているのかと思ったら、観客席の最前列で拳を振り上げて応援していた。
「もっとお尻! お尻を見せるのよ! オークはお尻が命よ!!」
自分のお尻が少し痒くなった気がした、マサルだった。
「ああ〜、すっごく楽しかった! また見たいわ〜」
「姉貴って意外と激しいの好きだよな……」
競技場を出てからもイベの興奮はなかなかおさまらなかった。このまま宿に帰ったらマサルは自分のお尻が危うく思えた。
「まだ暗くなるまで少しありそうだし、ちょっと散歩してから帰らない?」
「あっ、それなら私を肩に乗せてください。これだけ賑やかなら、もしかしたら村から出ていったオークが見つかるかも」
イベの提案を聞いたマサルは、念の為にリコの意見も聞いてみることにした。
「リコさんはどう思う?」
「良いんじゃねえか? その方が姉貴も迷子にならずに済むし」
ぶふっ、と思わずマサルは吹き出してしまった。
イベがへそを曲げたのは言うまでもない。
しかし三人は、別のことに気を取られることになった。
「無礼者! 領主に仕える騎士の前を邪魔するとは!」
「っせえな! 邪魔ならてめえが避けて通ればいいだろがよ!! ガキだってそうするぜ!」
賑やかな町中にも関わらず、はっきりと聞こえるほどの怒声が聞こえてきた。
何の騒ぎかと思って見てみれば、マサルと同じぐらいの背格好のオークと、それよりも頭一つ以上小さなオークが言い争っていた。
小さな方のオークは甲冑を身に纏っていたが、胸の大きさから、メスであることがわかった。
マサルはリコに訊ねた。
「オークの女騎士なんているの?」
「そりゃいるさ。大体、ここの領主は女なんだ。身辺警護を女がやるのは自然だろ」
そういうことではないのだが、そういうことらしい。
とりあえずマサルは、ぴょんぴょんとはねて人混みの向こう側を見ようとしているイベを肩に乗せてあげた。
「あ、ありがとうございます」
足元にいると心配でならない……とは言わないでおいた。
「お!?」
リコが叫んだ瞬間、睨み合っていた二人に動きがあった。
「でやあーーーーー!」
「げっ!!」
一閃。オークの女騎士に喉元へ鋭く手刀を入れられた男性オークが、うめき声を上げてぶっ倒れた。
「ふん、ドヤ街でいきがっているだけの輩なんぞこんなものか」
その言葉に、野次馬たちからも明らかな不満の感情が沸き起こった。
だが、腰にさげた剣さえ使わずに偉丈夫を倒してしまうような相手。正攻法で勝てるものではない。
それでもマサルでさえ感じの悪さを隠せないでいた。
そんな彼に女騎士の方も気付いた。
彼女は一瞬、笑ったような気がしたが、やがて踵をかえして去っていった。
「……あの人、何しに来たんだ?」
その疑問には、イベもリコも答えられなかった。