悲しみは土地を耕し、喜びは雨を慈しむ
かくして、講和は成った。
いくつかの条項はあったが、大きなものだけを記すと、叛乱に参加した元騎士団員の騎士団への復帰を認める一方、新たに修道騎士団の設置が行われることとなった。
これは言ってみればジュカの国公認のフージ教への出先機関であり、王権と群臣、フージ教、そして騎士団それぞれのクッションとして創出された案である。
軍権を王の一手に握らせるのが理想ではあるが、そのために叛乱が絶えないのでは本末転倒である。
具体的な仕事はフージ教の信者の往来を保障するものであり、これまで国家騎士団が行ってきた仕事を分割する形となる。
これはあくまで志望する者は、という条件が付いたのだが、女王が予想した以上に志望する者は多かった。
新しい組織の方が風通しも良く、金回りも良いだろうという打算をしたものも多かったが、戦いに疲れた者も多くいたのだった。
奴隷出身者からも志望する者は多く、女王の元で出世する以外の道を与えられたことは、彼らにとっても一つの安心感へと繋がったらしかった。
のるかそるかの逃げ場がまったく無い人生は、誰にとっても辛いのである。
さて、そんなのるかそるかの人生を生きなければならなかったのが、クニクとニクニの姉妹である。
彼女たちは元宰相の手先となることで子供の頃から生きてきたが、今や姉は死に、妹のニクニは左腕が動かない後遺症を抱えて、たった一人で生きていかなければならなかった。
彼女の精神的なすり減り方は相当なもので、近衛隊による看病と尋問でも、名前を聞き出すまでに何日もかかる有様だった。
バラニたっての希望で、ニクニの身柄はあくまでもフージ教本山の一室に置かれ、近衛隊による恣意的な報復や処刑が行われないよう配慮された。
バラニの影響力はこの叛乱騒ぎを経て相当なものとなったが、彼女はあくまでも女王の相談役という形を維持し、足繁く王宮と本山の間を行き来した。その一方で多くの宣教も行っていくこととなる。
さて、ニクニを守る役を買って出たオークがいた。
ソトクである。
「だってよ、あの子、この国以外のどこにも行ったことが無いんだろ? 姉ちゃんも死んで、自分は死ぬ気さえもなくなっちまってさ。俺で良ければ、飯ぐらい運んでやりたいんだ」
ソトクの意見をバラニは容れて、彼はニクニの面倒をみるようになった。
さて、ここからの話は、この物語の時間軸よりも少し先の話になる。
ジュカの国の山奥の、かつては木材を切り出していた場所に、いつしかオークとエルフが住むようになった。
オークの男は珍しいきのこを見付けては、それを売り、ときに栽培し、王宮にも売って、生活には困らない程度の蓄えを得た。
エルフの女は片方の腕が動かなかったが、近くの墓場にふらりと足を運んでは、そこの掃除をしていた。
二人は何度かの春を共に過ごし、子供が出来た。汚れなきエルフの女の子に、母親は自分の姉と同じ名前を付けたという。
人の死を伝え、知るとは、どんな意味があるのだろうか。
汚れをすすぎ、喜びにひたって生きていくのに、必要なことなのか。
その答えの一つは、もしかしたら、我が子に姉の面影を重ねたときの、女の安らかな横顔にはあるのかもしれなかった。