ハムスターは日照時間で発情期が変わる
イベは族長が亡くなった後のことを一手に引き受け、新族長マサルの襲名を声高々に宣言した。その彼女が森を一度も出たことが無かった。
荷物を置くために先に宿を取った一行だったが、マサルは未だにショックが抜けていなかった。
しかし思い出してみれば、道中のイベはどこかテンションが高かった。
じっと遠くを眺めてたかと思えば、マサルやリコの言葉に大げさに反応していた。
「不安だったなら、そう言ってくれれば良かったのに」
街の宿、オークも泊まれる一階の大きな部屋で、マサルはイベに優しく語りかけた。
イベはマサルに膝の上に座って、恥ずかしげに目を伏せていた。
「だ、だって……マサルさんは何かと大変なのに、言い出し辛いじゃないですか。族長になることだって、事前に確認しなかったし……夫婦とみなされることだって黙ってたし……」
しかし、ではマサルならばもっと上手く『こと』を運べたかといえば、彼にそんな自信は全然無かった。族長を弔うのさえ満足にできなかっただろう。
最初に会ったときからイベはマサルのために行動してくれていた。彼女にしてみたら、そこまで得なことだったわけでもないはずなのに。
「イベさんはとっても助けになってますよ。だから、もっと俺のこと頼ってください」
見詰め合うと、マサルはイベの尖った耳を指先で撫でた。
それが正しいスキンシップなのかどうかは知らなかったが、イベは気持ち良さそうに目を閉じて、されるがままになっていた。
「こらーーーー! 何を先に始めてんだ!」
部屋に帰ってきたリコが叫ばなければ、本当に彼女の言う通りになっていたかもしれない。
マサルとしてはハムスターの喉を撫でてる感覚に近かったのだが、そういう弁明はあまり賢いものではないだろう。
マサルはわざとらしく咳払いをすると、イベを自分の膝から下ろした。
「はあ、はあ……もっと、もっと耳を……」
「イベさん、後で。後でね?」
「はあ……わかりました……」
実に残念そうなイベから、リコへとマサルは視線を移した。彼女は一瞬、ぷいっと視線を外したが、そのままで報告してきた。
「運良く取次役とすぐに会えた。今は特に立て込んでないから明日の朝、迎えをよこすってさ」
リコは宿で三人用の部屋を取ると、みなで昼食を軽く済ませるとすぐに領主との窓口を担っている役所にまで行ってきてくれたのだった。
何せ旅慣れてるのが彼女だけなのである。
礼をし過ぎるということは無さそうだった。
「リコ、ありがとうな」
「気にすんなって。夫婦なんだから助け合うのが当たり前だろ」
彼女なりに大切に思ってくれているらしく、マサルの目を見て紡がれた言葉だった。
イベとリコは姉妹揃って同じ相手と結婚することは悪いことだとは思っていない。そういう習慣が当たり前の世界で育ったのだから。
マサルにしたって若干の抵抗はあるものの、リコはもちろんのこと、イベのことだって嫌いじゃない。むしろ好きである。行動力があって、その根っこには優しさがちゃんとある人たちだ。
だからといって、元の世界に帰りたいという願望を捨てきれていない自分が、二人もの女性を妻として扱って良いものか。
いまいち煮え切らないでいる自覚があるだけに、マサルは自分のことが少し嫌になりかけていた。
そういう気持ちになると、自分の足で踏み付けた大勢の人達のことを思い出してしまう。骨が砕け、内蔵のすり潰れる感触が、忘れられない。
今は何かとバタバタしているからいいが、落ち着いてきたときに、悪夢にうなされないでいられるだろうか。
物憂げなマサルの雰囲気を察したリコは、あることを思い付いて指を鳴らした。
「今日はもう休みみたいなもんだ。体を洗い流す前によ、みんなで出かけようぜ」
「散歩でもするの?」
見慣れない建築物が多いマサルにとってはそれも面白そうだったのだが、リコの答えは違っていた。
「ツノツキを見るのさ」