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風は地による

 一人目の襲撃者の爆発から、射手がバイザに射抜かれて地面に落ちるまでは、たった数分の出来事だった。

 その間に襲撃者……リコが聞いた内容から遺体も残らなかったのは姉の方らしい。マサルに片腕を砕かれて倒れた妹は、まだ生きていた。

 近衛隊長は彼女の傍に近寄ったが、殺しはしなかった。

「こいつを手当しろ。この叛乱の裏を知っている者の生き残りだからな」

「はっ!」

 その判断は正しかった。というのも、首謀者は確かに死んだのである。

 リコやマサルの応急処置と前後して、首実検が行われたのだが、射手の正体は前々王の代の宰相オークだった。現在の群臣の大半は、彼とは別の派閥の生き残りに当たる。

 バラニを修道院に避難させたのはこの元宰相であり、バラニだけでなく近衛隊長も、彼の顔に覚えがあった。

 そしてもう一人、彼の顔を知っていた者がいた。


「このおじいさんだよ、俺が山で会ったのは! 肉をあげたって言ったろ!」

「うるせえ! 爆発で敏感になってんだから大声出すな!」

 騒がしい夫婦の夫の方……マサルは、自分でも大声を出して痛がっている妻をなだめつつ、集まっているみなの前で言った。

「このおじいさんは、最初は山賊って言われてた奴らのたまり場だった山にいたんですよ。こんなおじいさんがフラフラしてるなんて山賊も間抜けだなあ、なんて思ってたんだけど……」

「それについては俺……いや私から説明しますよ」

 デューロと一緒にバラニの近くに立っていたバイザが、頭を掻きながら言った。

 彼は一応、義勇軍側の者であり、あまり周りからは歓迎されていない。

 この元宰相を射殺した後も、マサルの所に駆け下りると、そのまま弓を捨てた。女王の兵士たちに逆に殺されかねなかったからだ。

 それでも手伝ってくれたのは……彼のデューロやバラニへ向ける優しげな表情で、わかるというものだった。

「元々、私の集落のある山の奥は、色々あった連中の吹き溜まりになってましてね。仕事があったうちは良かったんだが、それも無くなってからは、細々とやってたみたいですよ。でも、じきに長年の疲れで、病気が流行れば死に、冬が来れば死にと、徐々に減っていったんです」

 その中に、この元宰相もいたのだという。

 どうしてバイザがそれを知っているかといえば、彼に限った話ではなく、元宰相に同情した人々が何かと食べ物や衣服を都合していたからだった。

 彼が最後まで生き残ったのも、そのためである。彼も彼で周囲に分け与えたはずだったが、身分の差を感じずに暮らせるからこそ団結する場所にあっては、それも限界があった。

 そこまで聞いた所で、バラニが口を開いた。

「わたくしも何度か集落に足を運んでいたときにそのことを知りました。それが最近になって、どうも物騒な話の中心にあの方がいるのがわかって……ゲンイ様は私がそれに関わっているのではと勘違いされたんです」

 それについて問い詰めようとバラニの部屋を訪れたとき、折り悪く襲撃者の妹の方……つまりすぐそこで片腕を砕かれている者に、殺害されてしまったのだった。

「わたくしがマサルさんやリコさんを山に遣わしたのが、計画に加担するためのものだと、ゲンイ様だけでなく元の宰相様にまで誤解されたんです」

 皮肉なことに、全く立場が違う二人が、誤った同じ結論に至り、片方は殺され、片方は矢に射抜かれて死ぬこととなったのだった。

 バラニが女王に対して申し訳無さそうに言うのを見て、咄嗟にバイザがかばった。

「バラニは悪くねえ」

「ば、バイザさん?」

「叛乱の話は、結局は俺も含めた大勢が望んだことなんだ。そうしなきゃ生きていけねえからだ。元の宰相様だって、木材を切り出してた頃は、普通のオークだったんだ。他の土地で食っていけなくなった奴だって迎え入れて……その人も、もうそこで死んじまった。俺が殺したんだ。お前がそんな風に自分を責める必要なんて……」

 そのやり取りを聞いていたマサルは、しかし一つだけ確認しなければならないことを思い出した。

 それは、ここにはいないソトクも望んでいるはずだった。

「エルフの兵隊たちを燃やしたのも、あれも計画通りだったんですか?」

「それは違う。いくらなんでも、あんなのは酷すぎる」

「……わかりました。それだけは聞いておきたかったんです」

 今後、何かしらの形で調査は行われるかもしれないが、それはマサルが踏み込むべき領域ではない。

 ジュカの国の人達が、自分たちが正しいと思う在り方を模索する中で、問われるべきものだからだ。

 バラニたちはこの話の意味、そもそもの事件を知ってはいなかったから、バイザが簡単に説明をした。

 それを聞いた中で、誰より近衛隊長が表情を顰めていたのが、マサルには印象的だった。

 女王は自分の剣の柄に手を当てて、目を細めていたが、やがてこの場をおさめた。

「どうやら叛乱軍どもも一枚岩ではないらしい。今当たるよりも、仕切り直した方が我々にとっても都合は良かろう。バラニ、そしてバイザ。講和の文章を策定する手伝いをせよ」

 一番驚いたのは、もちろんバイザである。

「うえええ!? 私もですか!?!!」

「まさか無事に元の陣営に返してもらえるとは思っておるまい? なあに、お前は私の命の恩人だ。悪くはせんよ」

 女王たちがバタバタと立ち去った後、取り残されたのは、マサルとリコだけであった。

 遺体も全て片付けられて、血の汚れだけが事件のあったことを伝えていた。

「えーっとさ、結局、どうなったの?」

「決戦はお流れ。女王は良い君主となるために一層の努力をいたします。ちゃんちゃん……ってことだろ」

「そうか……ってことは……ってことは……ああ、もう知らん! 寝る!」

「ああ、それはあたしもだわ」

 二人は仲良く大の字で寝転がると、豪快にいびきをたて始めた。

 この奇妙だが睦まじい夫婦のことは、フージの本山では何年もの間、語りぐさとなった。

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