死は平等だが公平ではない
ゲンイ司教の葬儀は本山の前、シズの丘の端で行われた。
信心深い者が兵隊の中にもおり、手伝いを買って出たことから、準備は昼までに滞りなく終わったのだった。
高位聖職者を代表してバラニが火をおこし、突貫で組まれた櫓の中でゲンイの遺体が炎に包まれた。
彼は慕われていたわけではなかったが、フージ教にとって困難な時期に代表を務め続けたのは確かであり、その死に同情する者は少なくなかった。
「その死に意味を求めるのではなく、その死こそが問いであります。静かに祈りを捧げましょう」
バラニの言葉と共に祈りが始まった。
女王とその近衛隊などが参列し、マサルたちは少し離れた場所から様子を見守っていた。
何章何節かある祈りの文句のきりのいい場所で、バラニが一度、女王の元にまで下がった。
そのとき、デューロの他に何人かの修道士がバラニに近寄った。
その中の一人を見て、リコが矢のような速度で飛んだ。
足を引きずった修道士を、これまでリコはこの本山で見たことが無かった。
「どけぇ! そいつはあたしの獲物だ!!」
怒号に一瞬、相手の動きが止まった。
心得ていたバラニはデューロの手を引いて、修道士達の作る壁に隠れた。
女王もまた、近衛隊長に庇われた。
リコが懇親の力で肉切り包丁を振りかぶり、相手に叩き付けた。
それでも相手は片腕を犠牲にする形で威力を殺し、即死を免れた。
「てめえ、そんな体で、なんで出てきた!」
「……私がやらなければ、妹が。それだけだよ」
血まみれの体で仰向けに倒れながら、その表情には笑顔があった。
『あっ、やべえ』
そう思って咄嗟に体を離そうとした瞬間、爆発が起こった。
「きゃあああああ!!!」
修道士の悲鳴が起こり、辺りには混乱が広がった。
爆発した当人は跡形も無かったが、リコは五体満足で宙を舞った。
彼女は体に染み込んだ動きによって受け身を取ったが、自分がどうして無事だったのか、一瞬わからなかった。
「なんだ今のは!?」
「多分、エルフの体に魔力を注いで、本人に起爆させたんです。そんな状態じゃ、注がれた時点で苦しかったはず……」
女王と近衛隊長の会話が他人事のように聞こえる中、リコはあることに気付いた。
爆発の中心点。
肉切り包丁の残骸が、先端だけを大地に突き刺して、残っていた。
「あっ、あれが盾になって……くそが」
彼女の悪態は、何に対してのものだったのか。彼女自身もよくわからなかった。
この間、マサルはじっと我慢していた。リコをすぐに抱き起こしに行きたいのも耐えて、混乱の渦中に自分が巻き込まれないように努めていた。
そんな彼だからこそ、別の襲撃者の行動に割り込むことができた。
丘を回り込むようにして現れた襲撃者は、目の前に立ち塞がった巨躯のオークに、足が止まった。
「お前の仲間は死んだぞ! お前もあんな死に方をしたいのか!」
「死に方を選べるものかよ!」
ここに至り、初めて襲撃者の使っていた凶器が顕わとなった。それは内側だけでなく外側も研がれた鎌であり、それを体捌きで隠しながら、相手を切り刻むのである。
そしてこの武器は……隠さずに戦った方が強い。隠すのは対策されないためであって、その必要をもはや襲撃者は感じていなかった。
襲撃者は瞬時にマサルの両手足の表面を切り刻んだ。血が水鉄砲の軌跡のように周囲に飛んだ。
マサルでなかったら、切断はされずとも、神経や腱を損なって、二度と手足を動かせなくなっていたことだろう。
とはいえ、このままでは手も足も出ない。
だが、彼はしたたかに反撃を試みた。
「体が大きいってのは、最高だな。追い詰められても、気分が全然違うんだ」
「負け惜しみを」
「負け惜しみ? 一生分の教訓さ」
マサルは腰の裏に差していた斧を、渾身の力で相手に投げ付けた。
回転して飛ぶ斧は凄まじい威力を誇ったが、そもそも狙いもいい加減であり、相手は簡単にかわした。
だが、それで十分だった。マサルの歩幅とリーチがあれば、一歩踏み込んで大振りをするだけで、相手を捉えることができた。
バイザの狩場でそれができなかったのは、隙が大き過ぎるからである。
相手が一人の今なら、それが可能だった。
マサルの横薙ぎの腕が、襲撃者の肩腕を砕いた。
「ぎゃっ!」
何度やっても、嫌な感触である。場合によっては、このまま一生、片腕は使えないだろう。
受け身に失敗した相手は、朦朧とする意識の中で、呟いた。
「殺して……もう、いやだよ……姉上と、一緒に」
彼女をこのまま捨て置いたら、女王やその部下は確実に彼女を殺すだろう。
気付けば周囲の視線はマサルと襲撃者の決闘に注がれており、そこには確かに隙があった。
女王がマサルに何か言おうと近寄りかけたとき、矢が放たれた。
それは確かに、相手の心の臓を突いたのである。
「ば、馬鹿な……わしを、見付け……がはっ」
近くの木の上から、弓矢を構えて隠れていたオークが落下した。絶命は確実であった。
そのオークを射落としたのは、丘の上から手を振るバイザであった。