敷かれた影は
朝日が上っていく。
丘に敷かれた黒の絨毯がすうっと引いていく。平素なら鳥たちが餌を求めて飛びはじめている頃だったが、今は小鳥の鳴き声も聞こえない。
野生の動物たちも木々に、あるいは岩陰に身を潜めて、この地に集まった戦士たちをじっと見詰めていた。
丘に軍翼を広げているのは女王カタロの軍勢。
そして森を背に三つの大きな部隊に分けられた叛乱軍改め、義勇軍であった。
義勇軍は元騎士団員からなるエルフ騎兵とオーク歩兵が主力であり、彼らがそれぞれ両翼を担っている。中央前列に村々から募った者達の中でも弓が得意なものが集まり、その後ろに同じ出身の歩兵が控えている。
女王軍を統率するのは女王に軍団長に任じられたエルフ騎士であり、まだ若い。
だが女王という明確なリーダーがいるのは確実に有利だ。
一方の義勇軍には、そのリーダーというべき存在が不在だった。元騎士団員で、これまで潜伏し続けてきた数人が合議で軍団を形成しており、もしどこかが崩れればあっという間に敗色は濃厚となるだろう。
しかしそれは指揮をする者は心得ており、大勝よりも戦力を温存しつつ戦うことを第一にしていた。
そう言えば聞こえは良いが、要は有力な戦士以外は見捨てる前提だということである。
それでも義勇軍の雑兵たちがこの軍に協力しているのは、昔から見知ってる村々の者達に対する責任感はもちろん、最終的な勝利は義勇軍が手にするだろうという計算が成り立っているからだった。
正直な所、この叛乱はこの規模で蜂起した段階で、ほぼ成功しているといえる。
女王が決戦を望むのならそれで良いが、もし交渉する気があるのであれば、義勇軍側は受けるつもりがあった。
とはいえ、いざ交渉役が丘の方から歩いてきたとき、戸惑う者は多かった。
やってきたのは、巨躯のオークだったからである。
そのオークは女王の軍旗を片手で軽々と掲げており、傍らにはエルフの子供もいた。
「デューロ!?」
バイザは大声を出して、思わず弓を手から落とした。
それが彼の子供の名前であることを知っている者は近くに何人もいたので、勇気のある者達が部隊の指揮者に断りを入れ、バイザを守るようにして、一緒に使者の方へと向かった。
バイザはデューロに駆け寄ると、嬉しそうに抱き上げた。
「マサルさんが軍にいるのは驚かなかったが、お前がどうして」
「バラニ様が女王様の傍についてるんだ。だから俺も一緒に……」
父親に怒られると思ったのだろう。デューロの声は小さくなったが、バイザの反応は全く違っていた。
「そうか。それがお前の仕事なら、父さんは何も言わん」
「あっ……ああ」
それからバイザはマサルに向き合って、頭を掻いた。
「さってと、バラニ様があそこにいるってことは、マサルさんはバラニ様に何か吹き込まれていますね? いったいなんですか」
「えーっと……そのまんま伝えますね」
マサルは軍旗を見上げてから、続けた。
「『悪党をあぶり出しましょう』だそうですよ」