小さきテントに人は群がり
「まあ……そんなにわたくしに会いたかったんですか?」
バラニの視線は以前と変わらないやわらかなものだったが、それがかえってマサルには辛かった。
『えっ? もしかしてここまでした俺って馬鹿だったの?』という考えたくないことを考えてしまう。
隣のリコを見ると『いいか、絶対にあたしに話を振るんじゃねえぞ』というオーラを全身から噴き出していた。
今いるテントは、ここまで連れてきてくれた近衛の隊長が仮眠するために使っているものだとかで、わざわざバラニを呼んできてくれた。
デューロも一緒で、リコはホッとした様子だったが、それはそれで例の作戦の恥ずかしさが今になってこみ上げてきたらしい。
近衛隊長の面倒くさそうな様子からして、多分、きっと、詳細まではバラニやデューロに伝わっていないと思うのだが……とりあえず「何か」をしてここまで来たことはバラニたちも把握しているらしい。
「それで、何の御用でしょうか?」
「えーっと……それはバラニさん次第なんですよね。あなたがどれぐらい、今回のことを知っているのか。どうしてここにいるのか。バラニさんの答えによっては、デューロをもっと安全な場所に連れていきます」
デューロは何かを言いたい様子だったが、それ以上にバラニの答えに興味があるようだった。
彼の視線に微笑んでから、バラニはいよいよ答えた。
「わたくしが知っていることというと、そんなに多くはありません。今回の叛乱の兆候らしきものは各地を回っているときに感じ取っていましたが……あなた達がデューロの実家に行った後でこんなことになるなんて。申し訳ないことをしました」
「……じゃあ、ゲンイさんがバラニさんの部屋で死んでいたことについては?」
「わたくしの潔白を証明する方法はありません。ただ、あの方は我々に必要な方でしたし、わたくしにもあの方への個人的な恨みはございません」
はぐらかされているようでもあり、彼女自身も困惑しているとも取れる。
となると、残された確認すべきことは限られた。
「ゲンイさんを襲った人物の正体に、心当たりがあるんじゃないですか?」
「……」
「別に俺達は犯人を磔にしたいわけじゃないんです。ぶっちゃけ、地元に帰っちゃえばこの国のことなんて関係ないんだから。でも、デューロも危ない目にあったんですよ? 放っておけませんよ」
バイザのことはあえて触れないでおいた。バラニがどんな立場にせよ、バイザのことに全く思い至らないはずがないし、デューロの前でそれを材料にはしたくない。
バラニはしばらく黙っていたが、珍しく不安げに、自分のフードを触ったのだった。
「今からお話することを聞けば、マサルさんたちにも危険が及ぶかもしれませんよ?」
「いや、それは今更なんで……なあ?」
ついリコに話題を振ってしまったが、別に彼女は怒り出さなかった。
ところがそこに、思いもかけない人物が現れた。
「その話、私にも聞かせてもらえるかな?」
近衛隊長に連れられて、豪奢な白銀の鎧に身を包んだ女性がテントの中に入ってきた。
状況から考えて、この人物が誰かはマサルにもわかった。
女王、その人である。
バラニに驚いた様子が無かったことから、あるいは最初から、女王の耳に届いているのをわかった上で話していたのかもしれない。
女王は物珍しそうにマサルを見てから、リコを一瞥し、それから改めてバラニを見た。
どこか楽しげな女王を見て、マサルはこの女王のひととなりの香りのようなものを、少しばかり嗅いだ気がした。