面倒なときは相手の言う通りにしよう
ジュカの国の女王、カタロ・キヤク・ジュカ。
その近衛隊長は寝室にも立ち入らなければならないことから女性が務めていたが、彼女はカタロの父親である前王によって採用されており、奴隷出身ではない。
激動と言って良い王宮の内側から世の中を見てきた隊長にとっては、女王は家族同然であった。年齢的には女王は妹のようなものである。
前々王の娘であるバラニにも護衛の務めを果たしていた者がいたはずなのだが、久々にその姿を見たとき、傍らにいたのはエルフの少年一人だけであった。身辺警護ではなく、ただの従者だろう。
フージ教の本山に預けられるとは、つまりそういうことなのである。
世俗との関係を断たれ、その代わりに身の安全が保障される。これは別にバラニに限った話ではなく、多くの有力者の子供たちが、ときに家族から守るために、預けられてきた。
フージ教は元から尊崇されていたが、権威が増したのは貴種が多く預けられた結果でもある。
そんなフージ教を取り込もうとするのは、かえって王朝にとっては不安定さを増しかねない。
強大な権力によってそれが可能だったとしても、いつかそこにほころびが生じたときの心配もするのが、統治者の責務だ。
ともあれ、その統治者を云々するのは、近衛の仕事ではない。
ただ不測の事態を避ける。そのために身を捧げる。
それが近衛をまとめる自分の責務。
とまあ、そんなことをけなげに信じてきた彼女の目に、今は信じられないものが映っていた。
見知らぬオークとエルフが、草っぱらで交尾をしていた。
「バラニ様に結婚を祝福してもらいたかったのに、どこにもいない! どうせ戦争で死ぬんだ、妻とここでやってから死ぬ! って叫んで……最初は冗談かと思ったんですが、本当におっ始めちゃって……うわあ……すごいな、あれ。入るもんだな。本当なら上のもんに言うだけなんですが、女王のお触れで『何かあったらすぐに近衛隊長に』と言われてましたから……それにしても美人だな、あの奥さん……俺、独り身のまま、こんなとこで死にたくないな……うう……」
「馬鹿なことを言ってる場合か!!」
激怒した近衛隊長はこの見張りをぶん殴ろうかと思ったが、彼一人を殴ってもどうしようもない。
なにせ百人近くの人だかりができて、この交尾ショーを楽しんでいるのである。
おかげで女王の護衛を信頼するものに任せて、わざわざ出てくるはめになったのだ。
「いいか、周りが不安になるような泣き言を言うな! なんなら、生き残ったら私が相手をしてやる! わかったな!」
「ええええええええ、いやいや、そんなつもりで言ったわけじゃ、そんな嘘言うもんじゃないですって」
「貴様、私が嘘吐きだと言うのか!」
仕事柄、これまで性的なことなんて一切経験が無いので、こんな状況には彼女も混乱をきたさずにはいられなかった。
問題の夫婦を捕まえようにも、よく見るととんでもない巨躯である。あんなのと気持ちよさそうにいたしている妻のエルフも、筋肉の具合からして、戦士である。自分にはわかる。
ここでもし死傷者を出そうものなら、士気なんてぐだぐだになってしまうだろう。
近衛隊長は数ある選択肢の中から、向こうが提示してきたらしい条件を選んでしまうことにした。
「くそっ、どいつもこいつも……おい、そこの変態夫婦! バラニなら会わせてやるから、すぐにその……その……とにかくやめろ!」