誰かのことを真剣に考えられるのなら、その人は
リコの体に異常が無さそうなのがわかってから、確認すべきことを二人は確認した。
ゲンイ司教を殺したのは誰なのか?
リコを襲ったのと同一人物なのか?
デューロはさらわれたのか、それとも自分の意志でいなくなったのか?
疑問は尽きないが、全ての糸が絡み合う事柄が一つある。
バラニはどこに行ったのか?
これこそが最も重要なことだった。
彼女が襲撃者に危害を加えられた様子が無いことから、彼女がゲンイを殺したと考えることもできる。しかし、彼女がその気ならやろうと思えばいつでもできたはずだ。
何もこんな女王の兵隊が寄り集まって剣呑さが極まっているときにやる必要は無い。
疑うよりも、まず彼女を見付け出すべきだった。
この状況下でバラニが向かいそうな所は一つ思い当たる。それ以外のどこかに隠れているなら、それはそれで良いと割り切る。
こんな彼女の庭同然の場所でそれをやられたら、マサルにはお手上げであるし、無事であることに変わりは無い。
さて、バラニが向かった場所とはどこだろうか。
「バラニさんは、女王の所に行ったんじゃないかな」
「なんでそう思う?」
リコの当然の疑問に、マサルは説明で答えた。
「襲撃者の意図がどうあれ、今この国で一番危険な立場にいるのって、女王だろ?」
「ああ、まあ、言われてみればそうだな。叛乱なんか起こってるし……あたしらも大概だけどよ」
「茶化すなって。んで、女王をここに招く案にバラニさんも賛成して、それでこうなってるわけだから……バラニさんは女王を守ろうとしてるんじゃないかな」
「そいつは好意的過ぎるってもんじゃないか? 逆に殺そうとしてるのかもしれないぜ? 王の系譜から言えば、仇同士みたいなもんだろ」
リコがわざとらしく、老修道女に視線を送る。彼女は置物みたいに、静かにオークとエルフの夫婦のやり取りを聞いていて、全く動じる様子は無かった。
生徒の議論を聞いている先生のようでもある。
マサルは焦らないことを意識して、リコに答えた。
「バラニさんがどんな気持ちで生きてきたかわからない。リコのことだって、俺はそんなにわかってるとは言えないし、イベさんのことなんて尚更なんだよな」
「どうしたよ、急に……」
「ごめん、大事なことなんだ。ちょっと回りくどいんだけど、聞いてよ」
「あ、ああ」
リコは今度は自分の方が老修道女の視線を気にしたが、彼女に変化は無かった。
「短い間だけど、俺も色々と見聞きしてきてさ、思ったんだよ。バラニさんみたいな生き方をするのって、凄く大変だなって。ここじゃ人が道端で死ぬのも珍しくない。親と子もわからないことなんてざら。種族も何が何やら。それでも王族ではなくて、あえて修道士として誰かを救う人生を選んだのなら……あの人にはそれなりの信念があるはずなんだ」
「だから女王を殺さないって? 信念があって殺すようなやつも沢山いるんだぞ」
「違う。俺はね。俺が信じるバラニさんが、本当にそういう人なのか。見極めたいんだ。もし、俺の考えてるような人じゃなければ……デューロを任せてはおけない」
リコは頭を掻いたが、やがて頷いた。
「デューロのことを忘れてるわけじゃないなら、それでいい。お前の考え方がデューロの安全にも繋がるってことならな」
「うん。それは確かだよ」
「じゃあ、最初からそう言えよな」
リコは憎まれ口を叩きはしたが、思っていることを話すだけ話してくれたのは嬉しかったらしい。わずかに頬の辺りが照れ臭そうにぴくぴくとしていた。
方針が決まった以上、あとは時間だけが問題になってくる。
女王はシズの丘のど真ん中に軍営を設けて、そこに文字通り陣取っている。
この建物を今度はひたすらに下りていくとなると、それなりに時間はかかるだろう。
「リコは大丈夫? おんぶしようか?」
「体がなまるから遠慮する」
冗談を言い合いながら出発しようとしたとき、老修道女が二人を呼び止めた。
彼女は、こう言った。
「お二人は、バラニ様のお友達なんですね。……良かった。それなら、良かった」
その言葉の真意をマサルもリコも十分に汲み取れたわけじゃなかったが、否定するようなことでもなかった。