反りが合わないからといって嫌いだとは限らない
リコが運び込まれた部屋の主は年配の女性エルフで、マサルは何度か顔を合わせた覚えがあった。
彼女もマサルを覚えていて……というかマサルみたいな巨躯のオークは忘れる方が難しいというもので、気さくに挨拶をしてきた。
「奥様はまだ寝てますよ。多分、疲れておったのでしょうねえ。事情がおありでしょうが、女の体というのは難儀なもので、ちょっとしたことで調子が悪うなります。気を付けてあげてくださいねえ」
「ええ、はい、もっともで……」
母親に叱られてるみたいな気分になったが、それが少し懐かしくもある。
思えば、二人の相手と結婚もしてるのに、親に報告する術が無いというのも、微妙な気持ちである。知ってほしくないような、知ってほしいような、なんとも複雑な気分だった。
さておき、老修道女は本当ならソトクが今手伝っている炊き出しをやりたかったそうなのだが、年齢を理由に遠慮するはめになったと、暇潰しに話してくれた。
修道士の部屋というのは簡素なもので、ベッドと机、それとベッドの下にちょっとした収納がある以外は、鏡台も無かった。
広さもオークがあと二人も入ればぎゅうぎゅうになってしまうことだろう。
バラニの部屋はちょっとしか見られなかったが、この倍ぐらいはあった。書類仕事もあるらしいから、どうしてもそれぐらいの広さは必要なのだろう。
「そういえば、バラニさんとは親しいんですか?」
「親しい、というのも面映いですけれど……あの子は前の司教様にとても懐いてましてねえ。亡くなられたときは、それはそれは落ち込んでいたんですよ……ゲンイ様もあのお姿を見ていたはずなのに、どうしてか、反りが合いませんでしたねえ、最期まで……」
なんとなくだが、マサルにはその理由がわかる気がした。
ゲンイは多分、「自分なら同情してほしくない」という形で、バラニのような特殊な境遇の人との距離を保ったのだと思う。
抜けがたい環境の中にいると、そういう風に人と距離を取らないと、自分が虚しく感じられるときがあるのだった。
「でも聞いた話じゃ、バラニさんは女王の軍隊は受け入れるのに賛成したんですよね? ゲンイさんが賛成するのならわかるんですけど、そこがちょっと」
「ふむ……」
老修道女はしばらく考え込んでから、マサルの目を真っ直ぐに見た。
マサルがあぐらをかいて座っているとはいえ、自分より倍以上も大きな相手に、老修道女はまったく怖じた色は無かった。
「あなたはきっと、神が遣わしたのかもしれませんね」
「えっ」
ある意味ではその通りだったので、マサルはどきっとした。
が、この場合の神はあの森の神ではなくて、もっと抽象的なものである。
「あなたは何かを信じてもいいし、疑ってもいい。ですが、最後まで見届けて欲しいのです。きっとそれが、神の与えられた御慈悲なのですから」
言っていることのほとんどはわからなかったが、この人にとってとても大事なことを言っているのは察することができた。
もとより、よほどの状態になるまでこの事態を放置する気はない。
「まあ、頑張ってみますよ。リコの仇も取らなきゃだし」
「勝手に、殺すんじゃねえ……くそっ、起きてるかもってわかっててそういうこと言ってるだろ」
頭と背中を痛がりながら、リコが起き上がった。
老修道女はそれを見てから、こんなことを言った。
「席を外した方が良いかしらね?」