色々なことが重なったときほど事故は起きる
走り出したデューロを追いかけようとしたとき、リコは咄嗟に腰に差しておいたナイフを引き抜いた。
びっくりしたマサルが危うく後ろの階段を転げ落ちそうになった一方で、リコのナイフが何者かの凶刃を防いだ。
「てめえ、どっから湧きやがった! 邪魔なんだよ、どけ!」
「邪魔なのは貴様らの方だ」
聞き覚えのある声に、マサルは慌てて踊り場にまで下りた。
そこにはデューロが踊り場に置いていったランプがあり、ガラスを覆っていた防火布をマサルが取り払うと、階上にリコと敵の姿が現れた。
その敵は、あの狩場でリコを襲った、ミイラ女だった。
「もう一人いるはずだ!」
リコが叫ぶが、言われずともマサルもそれぐらいは察した。
しかし、この狭い場所では、どうしてみようもない。
マサルは焦りがちな思考を、つばを飲むことで一度落ち着かせた。
こいつらの狙いがデューロなら、もう一人の女はそちらに行っているはずだった。
いや、デューロが異変を察知したからこそバラニの元に走ったことからすれば、バラニの方こそ危ないのかもしれない。
いずれにしろ、足止めを食っている時間はない。
マサルは腹を決めると、リコに叫んだ。
「舌噛むなよ!」
「は? って、お、おおお、おおおおおおおおおわああああ!?」
マサルはリコを後ろから引っ掴むと、そのまま思い切り振りかぶった。
その様子に意表を疲れた相手に、マサルはもう片方の手で思い切り拳をかましたのだった。
「げっ!」
蛙のような声が漏れて、相手は天井に思い切り体をぶつけてから、通路に落ちてもなお跳ねて、十メートル以上の距離を吹き飛んだ。
多分、殴ったときの感触からして、骨か内蔵には損傷が入ったはずだった。
オークの手にだって、それがわかるだけの神経と感覚はあって、あまり良い気分でも無い。
それでも相手が起き上がったのがランプの明かりの範囲外でもかすかに見えたから、マサルは驚いた。
「た、立った!?」
「がああああ! お! ろ! せ! とどめがさせねえだろーーーー!!」
マサルは慌ててリコを通路におろしたが、そのときにはもう、敵は真っ暗な通路に逃げた後だった。
「ちっ……」
「ごめん、手際が悪くって」
「……今の不意打ちは確実に効いてるし、お前の判断は正しかった。次に会ったら今度こそ倒せるだろ。今は、それより」
「うん」
デューロを追いかけなければ。
そのためにもマサルは踊り場に置いたままにしてきたランプを拾ってこようとした。
が、それは無理であった。
「……ねえ、リコ」
「何だよ、早くランプを取ってこいよ。お前のほうが近いだろ」
「いや、それが」
踊り場で、砕けたランプの火が広がり始めていた。