上には上が、人には人が
すっかり夜も更けた頃。
登山口と街道が交わる場所に設けられたキャンプ地から、マサルとリコ、そしてデューロは、目立たぬよう別々に抜け出した。
少し離れた場所で合流した三人は、しばらく暗がりに目を慣らしてから、明かりを灯さずに歩き始めた。
デューロは山のときよりも土地勘がしっかりしており、足取りは軽く、月明かりの中でひょいひょいと動く影は、まるでいたずら好きな妖精のようだった。
もうすぐバラニに会えるから、というのもあるかもしれない。
しかしそれも、いざ兵隊たちの軍営の篝火が見え始めると、慎重さが際立ったのだった。
いわずもがなだが、この中で最も人目につくのはマサルである。
月明かりしかなくても、巨体がのそのそと動けば、見張りに慣れたものならすぐに気付くことだろう。
以前、リコに協力してもらって、夜中にどれぐらいの距離から気付かれるのかを試した。
今夜のような、雲の形がうっすらと分かる程度の月明かりの下。リコには松明を持ってもらって、それに何も持たぬマサルがこっそりと近付いていくというのが実験の内容である。
マサルの目算で百メートル以上は遠い地点で、リコはマサルに気付いた。
見付けた合図の松明を、リコが振ったのを見て、マサルは思わず「嘘だろ?」という声を漏らしたのだった。
リコが警戒状態だったとはいえ、訓練されたエルフはそれぐらいのことはやってのけるのである。
そのときリコからアドバイスされたのは、以下のようなことだ。
一つ。自分は必ず風下を意識すること。
二つ。鳥や虫の声、川や枝葉の音に隠れること。
三つ。駄目だと思ったらとりあえず全力で逃げること。
これらを守ってさえいれば、よほど運が悪くない限りは大丈夫。そう言っていた。
マサルに自信を付けさせるために言っている面も大きかったはずだが、指針があるのと無いのとでは全然違う。
その指針を意識して旅を続けてきたことで、マサルにもなんとなくコツのようなものが掴めてきた。
自分を中心に考えるのではなく、相手が何に注意を向けるかを考える。
何か気付いたとしても「なんだ、気のせいか」と安心したがる心理に、どう付け込むか。
これは相手が兵隊でも同じ……いや、仕事でやっている者ほど「何か見付けたらまず連絡を」という意識が強い。
なので今回のような場合に意識すべきは、一箇所に長く留まらないことだ。
思い切りの良さが大切になってくる。
デューロとリコがお互いに目配せと指差しで点と点を結んで移動するのを見ながら、マサルも後から付いていく。
見張りの兵士たちは自分が回りやすい円から外には出ようとせず、たまに立ち止まって辺りを見回しはしても、一々何かを確かめに来るようなことはなかった。
最大の難関は本山へ入るまでの数百メートルの距離だった。
ここには休憩している兵士もおり、流石に素通りするというわけにもいかない。
いよいよここまで来たからには、このままじっと機会を待つのも手だろうか。
急ぎ過ぎても良くない。ひとまず息を整えがてら様子を窺っていると、休んでいた兵士たちが何事かのそのそと動き出した。
見ると、ランプを持った修道士が出てきて、それから兵士たちを別の場所へ案内していった。
「どうも、夜食を用意したとかなんとか言ってたみたいだな」
リコが小声で、聞き取れた内容を教えてくれた。
とにかくおかげで、道がひらけた。
「俺がひとっ走り、先に行って、中を確かめておく。二人は少ししてから来て」
「何かあったらすぐに引き返せよ」
「うん」
デューロは修道院の勝手口まで、あっという間に近付き、中に入っていった。
慌てて引き返してくる様子は無く、それを確認してから、マサルたちも後に続いた。