セーブポイントとキャンプを同一視するんじゃない
下山するまでは戦々恐々としていたマサル達だったが、心配していたような検問所は設けられていなかった。
その代わりに登山口と街道を結ぶ要所で、夕暮れ前に食事の炊き出しが行われていた。
それは、フージ教の修道士たちが行っているものだった。
緊張感のおかげでここまで疲れを感じてこなかったマサルも、あたたかな灯りと美味しそうな汁物の臭いに、思わず座り込んだのだった。
「はあ〜、疲れた……」
「俺も……」
ソトクまで一緒に座り込んだので、リコとデューロは失笑を隠さなかった。
「ほらほら、座ってたら飯にありつけねえぞ」
「俺、知ってる修道士の人を探して、事情を聞いてくるよ」
「気を付けてな。何かあったら大声を出せよ」
「うん!」
デューロが元気良く人ごみの中に走り去っていくのを見送ったリコに、マサルは言った。
「なんだか、自分の子供みたいだね」
「ば、馬鹿か!? 何言ってんだ! 子供に優しくすんのは普通だっつーの!」
「そんなに怒らんでも……」
なんとなく思ったことを言っただけなのに、気に障ったようである。
と、そんな騒ぎを聞き付けた人が、声をかけてきた。
迷惑だったかなと思ったら、なんてことはない。知り合いであった。
それはシズの丘の本山のキャンプにいたお年寄りの巡礼者のエルフで、マサルたちを見付けたのだった。
「おお、おお。良かった、ご無事でしたか。山に行ったというから、心配していたのです」
「俺達のことより、こっちで何かあったんですか?」
「賊の話は聞いてますかな? それを討伐するために、女王様と騎士団がシズの丘に駐屯し始めたんですよ。おかげで我々のような者はいられなくなって……バラニ様のご配慮で、食べるものには困らずに済んでるのです」
しかしそれも、明日明後日はどうなるかわからないという。
このお年寄りの方は、国境が封鎖されるようなことが起こる前に、明日にでも故郷へ帰るつもりらしい。
マサルはお年寄りの話を親身になって聞いていたが、その間、リコはずっと黙っていた。ソトクは聞き耳を立てつつ、下手に口を挟まないようにしていた。
お年寄りの方が他の知り合いが心配だからと去ってから、リコが言った。
「なんか、気に食わねえな……軍の動きが整然としてる」
「そういうもんじゃないの?」
「それにしたって、思い切りが良過ぎるだろ。女王がよっぽどの馬鹿でもなきゃ、賊の規模や内実を知ってるとしか思えない」
「ふうんむ」
それらしく唸ってみたが、マサルには半信半疑ではある。
下手にわかったと言えるようなものでもないので、とりあえずはこれからの予定について相談することにした。
「とりあえず、これからどうする? めしは食わせてもらうにしても、予定通り本山に行くかどうか」
「あ、それなら俺に考えがある」
意外にもソトクがいち早く意見を言ってきた。
「見たとこ、人手が少ないみたいだし、俺はここ手伝うことにするよ。お前たちは予定通り本山に行って、何かあったらここまで逃げてきて、合流するってことで良いんじゃないか? 何事も無ければ、俺も修道士の人達と一緒に後から本山に行けるしさ」
「まあ、お前も一緒だとバラニに説明するのも面倒だしな」
リコはそう言ったが、馬鹿にした風ではなく、語調は優しげなものだった。
マサルが念の為、細部を詰める。
「じゃあ、ソトクは万が一のときは俺達を案内して国境まで逃げられる程度に、情報を仕入れておいてよ」
「おう、任せとけ」
「それで、俺とリコ、デューロは……うーん、暗い内に行った方が良いよね?」
マサルが確認すると、リコが頷いた。
「そうだなあ、朝になっちまうと、軍隊の奴らに見咎められることは十分ありうる。こっちにはデューロもいるし、こっそり本山に入っちまえるようなら、その方が良いだろう」
あの中に入ってしまえば、後はどうとでもなるはずである。
それからバラニに事の次第を告げ、何なら一緒にここまで逃げてくれば良い。
ここに来てる様子は無いことから、立場的に色々と動き辛いのだろうと想像できる。
それもデューロが一緒なら思い切れるだろう。あるいは、デューロの帰りを待っているのかもしれない。
とにかく話は決まった上は、さっさと食って、少しでも休んでおかなければならない。
そう思っていたマサルだったが、戻ってきたデューロの顔色がとても悪かったことに気付いた。
もちろん、リコの方が深刻に受け取っていた。
彼女は膝をついてデューロに視線を合わせたぐらいだった。
「どうした? 怖い奴らでもいたか?」
「ああ、いや……バラニ様が、女王や兵隊に協力してるらしくてさ……そんな人じゃないはずなんだけど……」
「なるほどな……でも、大人には色々あるんだよ。誰かが貧乏くじを引かなきゃいけないときもある。そういうときこそ、お前が信じてやらなきゃだめだろ?」
「うん……そう、だね。そうする」
リコのことを、デューロも大分信頼しているらしい。
将来、自分の子供にもあんな風に接するのだろうか。そのとき彼女の中で、自分の親たちについての想いはどうなっているのだろうか。
マサルは少し考えてから「さあ、食事にしよう。みんなで自分の分を取りに行かなきゃ」と声をかけたのだった。