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墓を掘れ。名を名乗れ

 街道沿いでの戦いから一夜が明けた。

 戦闘に参加した集落の者たちは、敵のキャンプがあった場所から少し離れた、やはり街道沿いの場所に簡単な宿営を設けていた。

 オークとエルフの集落が紛争に勝利したことを街道を通る人たちに知らしめなければならなかったし、敵の遺体を弔う必要もあった。


「だからってよ〜、そんなに丁寧に穴を掘らなくて良いんだぞ〜」

 木板をシャベルのように使って穴を掘るマサルに、リコは呆れていた。

 老齢のオークとそれをサポートしたエルフたちは、見張りの数人を除いてまだほとんどが寝ている。

 燃えた敵のキャンプの残骸の後片付けもほどほどにして、集落から持ってきた酒で一晩中、祝勝会をやっていたのだ。

 勝利の立役者であるリコも普段ならその仲間に加わっていたはずだが、今度は違っていた。

 昨晩、疲れ果てたマサルはエルフたちに用意してもらった、布を棒に引っ掛けただけの簡易テントの中に敷いたむしろで横になったのだが、明け方に目覚めてみると、体に付いた汚れが無くなっていた。

 後で他のエルフに教えてもらったのだが、リコが水布巾で拭き取ってくれたらしい。

 辺りが明るくなるにつれて、マサルは驚いた。負っていたはずの傷がほとんど無くなっていたからだ。筋肉痛も無い。

 朝飯を食べながら不思議がっていたマサルに、見張りの交代に来ていた老齢のオークは「若いのは羨ましい。傷なんてあっという間に無くなっちまう」とからかっていた。

 そのオークから遺体の処分の仕方を聞いたマサルは、食事もほどほどにして穴掘りに出てきたのだった。

 仮眠していたリコがマサルの後を追って来てみれば、そこには遺体一つずつの穴を用意しているマサルがいた。

「穴を掘って埋めるってのはな、でけえ穴にまとめて埋めるってことなんだよ。そんな風にちまちまやってたら日が暮れるぞ」

 オークの馬力なら、ただ掘るだけならそんなに労力はかからない。

 だが遺体一つ一つの穴を用意するとなると話は別だ。

「頭と繋がってる部分ぐらいは、別々に埋めてあげたいんだよ」

「墓に名前も書けないのにか?」

 リコが皮肉で言ってるわけではないのは、今のマサルにはわかる。

 長い付き合いではないが、リコがここにいるというだけで安心感が湧くようになっていた。

 だから、きちんと説明しておくべきだった。通じるかどうかはともかく。

「知らない相手だからこそ、ちゃんと埋めてあげたいっていうか……なんか、枠からはずれたことしたくないんだよ。わがままって言われればそうかもだけどさ」

「ん〜、それはちょっとわかるかな。あたしもよく知らない奴との方が勝負したくなるもんな。あんたとやったときだってそうさ」

 人それぞれに常識があって、そこから極端にはずれることは防ぎたい。そういう感情は誰にでもあるのかもしれない。

 とりあえずは理解を得られたことにマサルが安心していたが、それはじきに台無しになった。

「うっし! じゃあ、あたしも手伝ってやっかな!」

「え!? いや、いいって! いいから! あっちで寝てなよ!」

「なんだよ、そんな邪険にしなくても……?」

 リコはあることに気が付いて、にたりと笑った。

 彼女の服は、ぼろぼろのままだった。あまり近寄られると、何かの拍子にあんな所やこんな所が見えてしまいそうだ。

 マサルが照れたのを見たリコは、急に真顔になった。

「お前が寝てる間、あたしが体を拭いてあげただけだと思ってんのか……?」

「ん?」

「疲れて寝ていても、戦いで火照ったオークの体さ。あたしだってそんなの見せられたら……」

 思わず黙ったマサルだったが、いやらしい想像をしてしまったからではない。

 いや、まったくしなかったわけではないが、もっと黙らざるを得ない状況に気付いたのだった。

「あら〜、リコもいつの間にか大人になったのね〜?」

「おいおい、姉貴みたいなこと言うなよな〜……姉貴みたいな……あねき……?」

 リコが振り返ると、そこには満面の笑顔のイベが立っていた。

 その笑顔は、朝日に輝いていた。



 寝ていたオークやエルフたちも昼までには起きてきたこともあって、それからは穴掘りの作業があっという間に進んだ。

 オークの馬力は戦闘よりもこういう仕事の方に適しているらしく、それに経験と技術も合わさって、マサルが見惚れるほどの速度で穴が広がり、数も増えていった。

 カーツのおかげで勝てたと思ってる彼らは、マサルの考えもそのまま受け入れてくれたのだった。マサルからすると、ありがたさ半分、嘘をついている気まずさが半分だ。

 それぞれの穴に遺体を運び入れて埋める作業も終わり、遅めの昼飯を食べた後のこと。

 イベが遺体を弔う儀式を始めることになった。


 葬式はてっきりあの族長が仕切るものだと思っていたマサルは、それについてイベにこっそり訊ねた。

「あの、イベさん? 族長は?」

「亡くなられました」

「は?」

 唖然としているマサルを他所に、イベは居並ぶオークたちの前で宣言した。

「族長アブーラは、その息子カーツを復活させるために寿命を使い果たし、昨夜亡くなりました! 新たな族長はならわしにより、名を改めます! オーク神の祝福を受けし者! その名はマサル! 族長マサル!」

 最初はみな、マサルと同じようにぽかんとしていた。

 しかし、キンカが叫ぶと状況が変わった。

「カーツ、いやマサルはリコと一緒に敵陣に突っ込んだ! 誰も不満は無いさ!」

 鶴の一声とでも言おうか。それにみなが続いた。

「おおーーーー! 我らが新しき族長!!」

「マサル! 百人殺しのマサル!」

 増えてる! 殺した数が増えてるから!

 街道には見物人が集まっていたから、この宣言を聞いていた者もかなり多かった。

 一際体の大きな、マサルと呼ばれたオーク。彼はその一身に視線を注がれていた。



 更に翌日。マサルは街道を歩いていた。

 その肩にはイベを乗せていて、リコが横を並んで歩いている。

 行き交う人々はこのオークとエルフたちを珍しそうに眺めたが、マサルに目を合わせられるとすぐに離れていった。

 マサルは大きな布で作られた柄物の衣装を片方の肩から腰へと巻いており、これは族長の正装であった。

 イベが乗っているのとは反対側の肩には、人の胴体ぐらいの太さの丸太を担いで、その先端にテント用の布を巻き付けてある。その中には旅に必要なものが包まれていた。

 マサルたちは今、この地域一帯を仕切っているオークの領主の所へ向かっている。

 防衛のためとはいえ、紛争とその結果についてきちんと報告を入れておくため。そして新しい族長としての挨拶を済ませるためである。

 イベは最初に会ったときと同じ巫女服だったが、リコの方は藍色の丈の短いドレスを着ていた。これも正装だという。

 ただし、肉切り包丁はいつも通り背負っており、胸当てやブーツは戦士の丈夫なもの。

 マサルからするとそれらも含めてリコらしく見えたが、彼女は気恥ずかしいらしかった。

「な、なあ、なんかみんな、あたしを見てないか?」

「リコったら。みんなマサルさんを見てるのよ。ねえ?」

 急に話題を振られて、マサルは頭を頬をかいた。

 誤魔化すわけではなかったが、彼は別の話をした。

「あのさ……族長になったばかりでこんな話して悪いんだけど……族長になった今ならオークの神様に頼めば、魂だって元の世界に帰してくれるんじゃないかな」

 一生に一度、無茶な願い事も可能だと元族長は言っていた。

 イベは隠さずに答えた。

「可能だとは思います。でもその場合、元の体に魂が戻った途端にマサルさんが本当に死んでしまうかも……」

 元族長の『一生に一度』は回数だけの問題だと思っていたが、あんなに元気そうだったのにも関わらず、ぽっくり死んでしまった。

 大体、あの巨大イノシシに吹き飛ばされた自分が生きてる保証も無いのだ。それこそ、あの弔った遺体と同じようなことになっているかも。

 難しげな表情をしたマサルを見て、リコが下から声をかけた。

「まあ、帰ったら姉貴に儀式を手伝ってもらって、神様にちゃんと聞いてみろよ。それから考えたって遅くないだろ? な?」

「……うん、それもそうだ」

 二人のやり取りに、イベが頬を膨らませる。

「むむっ! 二人はすっかり仲良しさんですね。でも、泉で体を洗ってあげたのは私! そう、二人はもう夫婦です!」

「ばーっか! あたしだって体拭いてやったし! それに嫁が何人いたっていいだろ!」

 言い争いを始めた二人に、マサルは素朴な質問を投げかけた。

「あの、お二人さん? 今のお話はいったい何の話でございましょうか?」

 その質問に、イベは頬へのキスで答えた。

「あ〜〜〜〜! 姉貴、ずりいぞ! マサル、私も肩に乗せろ! なあ!」

 マサルは立ち止まると、まだ遠くに見えている、大きな森を見遣った。

 あの、もしかしてこれ、新婚旅行も兼ねてるの?

 マサルの疑問に、森の木々は何も答えてはくれなかった。

今回で第一章は終わり。ここまで読んでくださってありがとうございます。次回からは第二章に入りますよ。

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