8.お花とスーパー
スーパーに入ると特有のチープな音楽が耳に入ってくる。冬香はこの音楽はそんなに嫌いでもない。
「おぉぉ~」
お花は目に飛び込んできた光景全てが珍しいのか、キョロキョロと忙しなく顔を動かしている。周囲の人も突如現れたら着物姿の少女がレアなのかチラチラと目線を向けているが、当の本人は全く気がついていないようだった。
当たり前だが耳と尻尾は隠しているお花は、輝く目を冬香に向ける。
「これがスーパーですか! 学んだ通り何でもありそうですね!」
「ここはまだ小さい方だから。明日行く駅前のスーパーは5階建てでデカいからもっと驚くかも」
「五階……ここは一階だけのようですがその五倍なんですか!?」
「そうだよ。まああっちは食品以外も扱ってるからね。お花の生活用品も買わないと……」
そこまで言って冬香は自分がいつの間にかお花を受け入れようとしていることに驚いた。あくまでも仮だし、将来的には(恐らく)出て行くはずなのだからあまり肩入れすると後で傷つくのは自分だ。
(まあ、でも最低限必要なものだしそれぐらいはいいよね)
一緒に住んでいるのに彼女だけひもじい思いをさせるのは冬香には無理だった。
「じゃあ早くそのお弁当の場所へ行きましょう!」
「はいはい。こっちこっち」
あらぬ方向に行きそうになっていたお花を引き留めて誘導する。何だか大人らしいところも子供らしいところも併せ持っている彼女が冬香はにわかに羨ましくなった。
そのまま弁当や総菜が置かれているところに来るとまたもお花は感心した声をあげた。
「凄いですね! こんな色々あるんですか!」
「好きなのを選んでいいよ。でも物凄い高いのはちょっと考えて」
日本産うな重と書かれたプラスティックにしては黒くて重々しい容器とその値段を見て冬香は眉を顰める。どうせ高く買うなら普通の弁当と総菜にしたい系な彼女だ。
「あー! 私これにします!」
そう思っていたら突然の大声。ビクッと跳ねた冬香は慌てて周囲を見る。夕方時なので人は多く、その声の主に注目していた。
「ちょ、ちょっとお花!」
「ぉむぐっ」
問答無用に口を塞ぐとお花は何事かと見つめてくる。
「ば、ばか、こういう場所では大声を出さない!」
「む、むぅ~~ん、ん」
口を塞がれた状態でコクコクと頷くのを確認して冬香はやっと手を離した。周りも子供が騒いだだけかと既に視線は集中していない。
「す、すみません。ついはしゃいじゃいまして……」
「まぁ、こういう場所では静かにするようにお願い……」
そんなやり取りの中、お花が選んだのは助六寿司であった。いなり寿司と海苔巻き寿司がセットになったもので、選んだ理由は彼女の好物が入っているからだろう。
冬香は適当に焼き鳥丼というものを手に取った。真ん中に半熟卵が入った中々にお気に入りの奴だ。それと安かったので総菜で白身魚フライを手に取る。
「とりあえず他のは明日買うから今日はこれだけにしようか」
「はい! あ、籠持ちます!」
「あ、ああ、ありがとう」
手を差し出されて思わず渡してしまう。まあ重くはないだろうから下手に断ってしょんぼりされるよりはいいだろうと冬香はニコニコ顔のお花をみてそう思う。
「おや、手伝いかい偉いねー。じゃあこれ貼ってあげよう! はい」
しかもそのおかげか店員のおばさんに割引シールを貼ってもらえたので寧ろ得をしてしまう始末だ。
(中々やるわね、お花……)
何ですかこの貼り紙? とキョトンとしているお花を見ながら冬香は彼女の持つ割引力に感心しながらレジに向かっていった。
アパートに帰ってから少し休み、6時を過ぎたあたりで食事の準備にかかる。というのも何だかんだ今日は朝に軽く食べただけで昼は抜いているから割とお腹が空いていたのだ。
「お花も今からでいい?」
「はい。私はいつも6時ぐらいから夕食でしたので全然問題ないですよ」
「そうなんだ。そういえば貴女の生活リズムってどんな感じなの?」
電子レンジに弁当を入れて温めながら話す。
「そうですね。あっちにいた頃は朝は6時に起床してお清めしてから朝食、そこから正午まで寺小屋に通うんです。その後は妖狐として修業をして6時頃に夕食。そして大体21時に就寝……ですかね」
「うーん、なんとまとも過ぎる生活」
21時に寝るのはちょっと早すぎる気もするが健康的な肌や元気な感じはそういうリズムが整っているからだろう。
「冬香さんはどういう感じなんですか」
「え、私? えーっと……」
冬香もポツリポツリと話す。平日と休日、残業やら何やらで遅くなったりスマホを覗いたりテレビをぼんやりと観たりする理由で夜更かししたりとバラバラの生活リズムを送っていることを伝えた。
お花はそんな彼女の思っていたよりだらしない生活を聞いて終始驚いているばかりで、そのまま固まってしまった。
(どうよ、このダメな社会人全開っぷり! 多少愛想はつかしそうなものだけど)
どうしても社会人となると時間管理は色々と難しくなるのはしょうがない。子供の頃の様な健康的な生活を送るのは難しく、一人暮らしともなれば尚更だ。
そんな話を聞いたお花がどんな顔をするかちょっと気になっていた冬香だったが、我を取り戻した彼女は意外にも落ち着いているようだった。
「そうだったんですね。わかりました」
「ん?」
その言葉に何だか決意に近い秘めた思いを無意識に感じた冬香だったが、ちょうどその時レンジの終了音が鳴り響いたため、深く気にしないことにした。
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