7.夕食が……ない!
そんなこんなで冬香とお花の不思議な生活が幕を開けることになった。
今日は土曜日で時刻は17時をまわろうとしている。そろそろ世間のご家庭では夕飯に向けて準備を開始する頃だろう。
それはお花にも例外ではなかった。
「というわけでまずは私が夕食を愛情込めて作ります!」
耳をピョコピョコ、尻尾をブンブン振りながら張り切る彼女に冬香はため息混じり答える。
「……ごめんだけど材料ないんだ」
「へ?」
冷蔵庫を開けることを許可されたお花は「これが冷蔵庫ですか。氷室より全然小さいんですね」と呟きながらそこを開けて目を見開いた。
「えーっと……」
入っていたのはお茶と水のペットボトルと、卵が数個にお徳用ウィンナーと醤油などの調味料だけだった。
「あの、柊様は普段何を食べて……?」
「弁当が多いかな。駅前かこのアパート近くのスーパーかコンビニで適当に買うんだ」
「な、なんと……」
さあ失望するがよい、と冬香は胸を張った。決して張っていいものではないが一人暮らしだとそうした方が手軽に済むのだ。住み始めた頃は頑張って料理もしていたが、社会の波に溺れていくうちに料理からは遠ざかっていった。
「それは健康上よくないんじゃないですか? 向こうで学んだ時にこちらの弁当は味が濃く使われている化学調味料とかで体によくないと聞きました」
「そうかもしれないけど手軽で楽だからさ。というかさっきから学ぶって単語をちょくちょく聞くんだけどそれってどんなことしてたの?」
「私の住んでいた場所では嫁ぎに行く世界の事を学ぶ習慣があるんです。そこで私もこちら側のことは完璧に網羅してきました!」
その情報に偏りと誤りがあるような気がしてならない冬香だが、そこは必要であればこちらで補足すればいいかと突っ込まないことにした。
「とりあえず材料がないなら買いに行きましょう! 腕によりをかけますから! 何かリクエストはありますか!」
「ええー、今日はいいんじゃない? 明日からやるってことでさ」
「で、ですが、柊様の健康を考えれば……」
「そういえばその様ってつけなくていいよ。そんな風に呼ばれたことないから何かむず痒いし。それに仮とは言えお嫁さんならもっと親密に呼ぶべきじゃない?」
そう言うとお花は少し考えてから納得したように頷く。
「言われてみればそうですね。じゃあ、何と呼べばよろしいでしょうか?」
「普通に冬香でいいよ。敬語もいらないくらいなんだけど」
「敬語は癖みたいなものなので……じゃあ呼び方は冬香さん、ならいいですか?」
「うーん、まあそれでいいかな」
「ではでは、私のことはお花とお呼びください!」
「ん、わかった」
冬香はそう言って立ち上がった。
「とりあえずスーパーに行こうか」
「はい! 材料を買いましょう!」
しかし冬香は首を振った。
「いや、今日は弁当にしよう」
「え? ど、どうしてですか? 私、一応料理には自信が……」
「材料を買うなら駅前のスーパーがいいんだよ」
「……どういうことですか?」
「アパートの裏のスーパーはお店が小さくて材料があまりない上に値段が少し高いんだよ。それにお弁当や総菜は早い時間から割引を始めるから金銭面から考えるとお得なわけ」
「は、はぁ」
「お花、材料もタダじゃないの。出来るだけ安く買えるならそうすべきじゃない」
「それはその通りですね。ですがお金のことなら気にしないでください!」
お花はそう言ってどこからともなく小さな布袋を取り出すと冬香に差し出した。それを受け取ると思っていた以上に重く思わず落としてしまいそうになった。
「こ、これは?」
「お金です! 嫁ぎに来た身で全部負担してもらうのは悪いので貯めていたのを持って来たんですよ」
恐る恐る冬香が覗いたそこにあったのは、間違いなく歴史の教科書で見るような硬貨達であった。
「……お花」
「はいなんでしょう! あ、それは冬香さんが使っていいですよ!」
ニコニコ顔でいうお花に告げる。
「これね、こっちじゃ使えない」
「…………ぷふぇ?」
向こうで学んで来たのではないのかと冬香は小さく肩を落とし、お花はよっぽど予想外だったのか口をあんぐりと開けて固まっていた。
♢
「すいません、まさか使えないなんて」
「まあ、質屋にもっていけばもしかしたら凄い金額がつくかもしれないけど」
冬香とお花はアパート裏のスーパーに向かっていた。
結局お金は冬香が出すことになったので、今日の夕食は弁当を買うことにして食材は駅前のスーパーで明日買うことに二人で決めたのだ。
「うぅ、お役に立とうとして迷惑を掛けるなんてお嫁さん失格です……」
「気にしないでいいよ。こっちのことは少しずつ知って行けばいいし。それにお弁当は悪い事ばかりじゃないからお花も今日は食べてみてよ」
「……わかりました。今日はその化学調味料たっぷりの体に悪いと噂のお弁当というものを経験してみたいと思います!」
「………………ちなみにお花の好物は何? やっぱり油揚げとかいなり寿司とか?」
「わっ、凄いですね! 何でわかったんですか???」
「いや、まあ、じゃないかなぁって」
狐がそういうものを好むということは有名な話でお花にも適用されるようだ。いなり寿司が入った弁当があればいいのだがと思いながら冬香とお花は歩く。
「冬香さんは何が好きなんですか?」
「私? 私はねー、何だろうなぁ。正直弁当なら何でもいいかな」
「じゃあ、作ってもらうなら?」
「え? うぅぅーん……」
久しく誰かに料理を作ってもらった覚えがないので返答に困る。作ってくれるなら何でもいいのだが、そう言うとお花は困ってしまうだろう。だからとりあえず子供時代に好きだった物を答える。
「だし巻き卵って、昔お母さんがたまに作ってくれてね。それが好きだったかな」
「なるほどなるほど、覚えました!」
そう言って胸を張るお花に少しだけ微笑ましくなる。もしも作ってくれるなら嬉しい話には違いないのだから。
そんな話をしていたらスーパーについてしまった。小さなスーパーだが周りに住宅が多いので活気はある。近くに住んでいる子供から老人まで皆が利用しているのだ。
「じゃあ入ろう」
「こ、ここがスーパー。食材ではなく生活用品全てが揃う」
「それは場所によるけどね」
何故か戦々恐々しているお花を引き連れて冬香はスーパーに足を踏み入れた。
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