6.仮の花嫁
そもそも定めとか決まっていることとか言われたところで冬香にはピンと来ない。
とにかく一番気になることは目の前のお花がこれからどうするつもりなのか、ということである。
「ですからお嫁さんなので一緒に住みますよね?」
「さ、さも当然と……!」
それを問われたお花の答えに躊躇いは一つもない。本当にこのアパートで冬香と一緒に住むつもりなのである。
だが、見た目は年端もいかない少女と同棲するのは例え同性だとしても安直に頷けるものではない。
(大体住民票とかそういう手続きとかどうするつもりなのよ! というかこの年頃の子を家に連れ込んでるのがバレたらどうなるの!? 捕まる!? 捕まっちゃう!?)
誘拐の疑いで逮捕される自分の姿を想像して冬香は顔を青くする。マスクをつけてマスコミからのシャッターを受けながら連行などされたくない。
(だ、だめだ断らないと)
家まで流れで連れ込んでおきながら冬香は改めてそう思っていた。目の前のお花はキョトンとした様子でそんな風に苦悩している冬香を眺めていた。
「あの、何か不都合なことが? 私で出来ることでしたらなんでも致しますよ!」
「いや、もう不都合とか以前に情報が足りなすぎるんだけど」
「情報ですか? 聞きたいことはなんでも聞いてください! これから婦婦なんですから! 隠し事は出来るだけなしの方向でいきましょう!」
「ふうふ」という言葉のイントネーションがおかしかった気はするがそこを追求するのは後回しにして冬香はとにかく質問を投げまくる。
「えっと、お嫁っていうけど……具体的に何をするつもりなの?」
「何をするかですか? そうですね、嫁といえばやはり炊事や洗濯、掃除などなど柊様の帰るここを温めておきましょう! それと勿論柊様の身の回りのお世話だってしますよ! そのためにお化粧や整髪などもしっかり学んできましたから」
「なるほどなるほど……」
どうやらお花のお嫁さん像は少し前時代的考えに染まっているらしい。冬香からすれば仕事にかなりのウェイトを取られているので、お花の申し出はかなり魅力的であったが。
とにかくお花の提案を聞いて冬香は一つの案を思いついた。
彼女をこのまま外に追い出すということは難易度が高い。なにせ見た目はどうみても子供、ここを追い出されてからどうするつもりなのかわからないし、変質者に襲われたりとか何か事件に巻き込まれないという保証はない。そうなってしまったら冬香はきっと眠れなくなるだろう。
だから、もしも断ってしまった場合どうなるか確認しなければならない。
「あのさ、もし私が貴女を拒んだらどうするつもりなの」
「えっ!? だ、だめですか!? 何がダメでしょうか!? すぐに直しますので不満はなんでもいってください!!」
「ち、違うわよ! もしもの話よもしもの! というか近いって……!」
ずずいっとテーブル越しに接近してきたお花を両手で制しながら何とか口を開く。それを聞いた彼女はふーむとしばらく悩んでから答えた。
「もしもそうなってしまったら、恐らく貴女と出会った神社で過ごすことになると思います。私は柊様と一緒に生きるためにこちらに来たので、貴女の生涯が幕を閉じるまでは戻ることは出来ないんです」
「え、えええ……それって確定なの?」
「はい。私達はそういう種族なので」
良い面だけ真っ直ぐに考えれば冬香の傍に一生の間、狐の美少女が連れ添ってくれるという話だ。
正直、見た目だけで言えばかなりの好みであるし、健康そうで明るくてひたすら献身的でもあり、伴侶としては最高の部類かもしれない。
だけど、社会情勢や世間体その他諸々を考慮すると欲望に忠実にはなれない。
冬香は悩んでいた。受け入れるか拒絶するか。どちらにもメリットデメリットがあり、また冬香自身の欲も入り雑じったせいか全く結論がでない。
そんな苦悩の最中、お花の声が静かに響いた。
「柊様、柊様は今凄く疲れていらっしゃいますよね」
「え?」
「何となくですがそんな感じがするのです。それに急に私が訪れたせいで混乱しているんですよね……?」
「それは、そうかもしれないけど」
実際、彼女は疲れ切っている。不運と不安に今にでも押し潰されそうだったのだ。そんな状況で狐の少女と突然邂逅すればわけもわからなくなって当たり前だった。
「その、突然こんなことになって驚かれるのは当然だと思います! 私達の中には初対面で行き違いから衝突して退治されかけた方もいらっしゃるそうですし」
「退治って……」
一体いつの時代の話なのだろうかと冬香は頭を抱えた。当たり前だが仮に退治する力があっても幼気な彼女をどうこうするつもりはない。
「柊様はお優しい方なのでしょう。きっと色んな人を無意識に庇っちゃったり手を差し伸べたりして気苦労も多いんじゃないかと思います」
まだ出会って数時間なのに、自身の無自覚な本質を見抜かれて冬香は戸惑った。
彼女はお花の言う通りお人好しだ。決して善人というわけでもないが、例えば相手が悪くても自分がどこかに落ち度があったんじゃないかと考えて悩むタイプである。
「だからいきなり上がり込んできた私を追い出すこともせず話を聞いてくれている……私はそんな優しい貴女と一緒に過ごしたいと本心からそう思っています」
その言葉を聞いて冬香は胸が苦しくなるのを感じた。社会の歯車になってから誰かにそんな風に求められたことは今までになかった。
「なので仮ということで、一度私を迎えてくれませんか? そこでどうしてもダメなら出て行きますから。それでどうでしょうか……」
まだ見た目が子供なお花は深く頭を下げる。狐の耳が少し伏せっていることから彼女が不安になっていることは冬香にもわかった。
(一体どうしてそこまで……私なんかに)
冬香自身、自分のことは魅力的な人間だとは思っていない。実のところ彼女はそれなりに見た目は整っているし、周囲の評価はそこまで悪くはないのだがそれを知らず過小評価してしまっている。
そんな彼女だが、お花の提案を聞いて幾分か気を落ち着けることができた。
いくら妖狐で自分よりも年上だとしても外に放り出すことはしたくなかったし、あの神社で一人寂しくポツンと過ごす彼女を想像すると心苦しいどころではない。
「……わかった。じゃあとりあえず仮、ということで……」
だからお花の案に乗ることにした。どの程度の期間を仮と考えているのかわからないが、きっと愛想をつかしてすぐに出て行くんじゃないだろうかと冬香は考えていた。
いまだに以前の彼女の傷痕は深く残っている。
「わぁ、ありがとうございます! 精一杯お嫁さんしますから、期待していてくださいね!」
テーブル越しに差し出されたお花の小さな手に、遠慮がちに冬香は答えた。小さいながらも温かい少女の手の感触は気まずくもあり心地よくもあった。
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