50.二人で一緒に
「柊先輩、引っ越しはどうだったんすか? 上手くいきました?」
「うん? まあ急だったけど無事に終わったよ」
会社で花菜から話しかけられ冬香は答える。
「本当に急でしたけど元々考えてたんすか? 何でまた引っ越しを?」
「え? あ、あぁ、えっと前のアパートの更新も近かったし、お金も溜まってたからそろそろいいかなって」
「へぇ、そうだったんですね。急に相談してきたから何か事情があるのかと思ってたっすよー」
引っ越しにあたり冬香は花菜に相談をして色々と意見を貰っていた。他人からの意見も貴重な物で色々と助けてもらったのだ。
だが、肝心の引っ越す理由については話していない。何せいまだにお花と暮らしていることは誰にも話していないことで、説明するにせよそれなりの理由を作り上げないといけないのだ。
「私はてっきり誰か良い人が出来て同棲でもするんじゃないかと……」
「ンンッ」
あながち間違いじゃない予想に冬香は思わず詰まる。花菜から見れば今まで冬香に浮いた話がないことが不思議なくらいだったので、やっとそういう話が来たのかと勝手に邪推していた。
「あれ? そういう反応ってことは……そういうことっすか!?」
どんな相手なんすか!? と詰め寄る花菜に冬香は違う違うと必死に誤魔化す。
花菜も周りの寂しい男性諸君が耳を立てているのを感じてその話題は取りやめた。
「でも良いところなんですよね?」
「え、ええ。前と比べれば格段に広いし、綺麗で良いところよ」
「へー! うちの香織がずっとお花ちゃんと遊びたいってうるさくて、もしまたお花ちゃんが来ることあったら私も招待してくださいよ!」
「うん。その時は連絡するわ」
実はそのお花は家にいるとは言えなかった。だけど、タイミングを合わせて招待は出来そうである。お花も同年代の友人が家に来れば嬉しいだろうし、近いうちに実現したいなと思う冬香であった。
***
新しい家は今までよりちょっとだけ通勤時間は長くなっている。といっても今までの倍かかるというわけではない。ただ、新しく利用することになった駅に降りると不思議な感触だ。
「ただいまー」
オートロック式のエントランスを抜けて新しい部屋に帰り着いた冬香を、パタパタと出迎える足音が一つ。
「お帰りなさい!」
飛び込むように抱き着いてきたお花を迎えて冬香は新しい家に足を踏み入れた。既に良い匂いが鼻を擽り冬香は思わず空腹を感じてしまう。
「今日は煮込みハンバーグにしてみました。自信作ですよ!」
「うっわ、美味しそう!」
広いキッチンを最大限に利用して、お花の料理レパートリーは増え続ける一方のようだ。
「頂きます!」
「いただきます!」
引っ越してはっきりわかったことだがやはり広い部屋は良い。キッチンにしろリビングにしろ、今までよりずっと快適に過ごせる。
今まで一人用の部屋に二人でいたせいか、あまりにも広々とした空間にいると逆に違和感を覚えることもあり落ち着かなかった。といってもそれは引っ越し当初の話で、慣れてしまうとこれだけ快適なこともない。
お花もお花で新しくなったキッチンをかなり気に入ったらしく、作る物にも気合が入ったり、最近はお菓子作りにもはまり始めているようだ。
「じゃあお皿洗ってくるからね」
「私やりますよ?」
「いいからいいから。お花はゆっくりしてて」
いつもと同じやり取りをしてから冬香は皿を洗う。平日といえども全ての家事を任せっきりにするわけにはいかないので最低限そういった雑用をしているのだ。
そうして皿を洗いながら考えていた。
「これからどうするかなー……」
どうするかというのはお花のことだ。あれから色々とお花の作られた『個人情報』を確認したのだが、一応彼女は18歳という扱いになっていた。
「いや、まあ、色々と考えた結果その年齢になったんだろうけど……」
見た目は子供だが、18歳でゴリ押しすることは不可能ではない。広い世の中だ、子供のような見た目の大人や大人のような見た目の子供だっている。
まあ結局のところ、お花はある程度自由が利く年齢に設定(?)されているわけである。別に不便なことはないし良いことなのだが、本当に任氏はどういう手段を使ってそれを作り上げたのか気になってしまうのはしょうがないだろう。
「まあいっか……私が詳しく考えたところでわかるわけないし」
皿洗いを終えて冬香はリビングに戻る。お花は待っている間手持ち無沙汰だったせいか眠そうに瞳を細めていた。それも冬香が現れると少し戻ったが、しばらくするとまた眠そうに目を擦っている。
「お風呂入って寝ようか」
「ううん、そうですね……」
さて、引っ越しして変わったことの一つとしてお風呂がある。今までは狭かったので別々に入っていたが今の環境は二人同時でも何も問題はない。
まあ、理性的な問題は多少あるのだが。
「んしょ……」
性的な知識は持っているとか、ある程度恥じらいも持っているはずなのにお花は変なところで無防備だ。今だって冬香が隣にいるにも関わらずあっさり服を脱ぎ捨ててしまっている。妖孤らしいピョコンと生えた耳とふさふさの尻尾が揺れている。
(いや……寧ろ私が意識しすぎなのでは?)
単純に入浴するだけなのだから、変に思う必要はないはずだ。
「じゃあ、背中お願いします……」
(別に背中を洗ってあげるのも変なことじゃないし……)
「あ、ああの、尻尾の付け根はちょっとくすぐったいので、へにゃっ!?」
(平常心平常心平常心平常心平常心……)
「あの! 冬香さん!? やっ、ちょ、そこはっ……!」
なのに何故か二人してのぼせ上がることは割と日常的だったりする。
そして大きく変わったことがもう一つある。
「ふぁ、あ……」
お風呂に入ってさらに眠気に襲われてしまったのか、お花はすぐにでも寝てしまいそうだ。ただ、まだ横にはなっておらず冬香と一緒に新しく買った二人用のベッドに腰かけていた。
「やっぱりベッド大きかったかな?」
「大は小を兼ねる、ともいいますし……いいんじゃないですか?」
今まで一人用の布団に二人して入ってたのが、ちゃんとした寝室のちゃんとしたベッドになった。二人だからと買う時に大きなものにしたのだが、お花の体格は子供なので少し持て余しているように冬香は感じていたのだ。
「それに、私だって成長しますから。そのうちちょうどよくなりますよ」
「そ、そっかー」
そういえば妖孤の彼女がちゃんと成長するのか冬香は知らない。出会ってからまだ一年くらいであまり身長的に成長している感じはないのだが、それもこれからなのかもしれない。
「ん、冬香さん?」
そんなことを頭の中でぼんやり考えながら冬香はお花の腰に手を回して抱き寄せる。お花は抱き寄せられるままに体重を預けてスリスリと心地よさそうに頭を冬香に擦りつけている。
「んぅ」
お花の尻尾が左右にゆっくり揺れ動く。ちなみに苦しくないように冬香が手を加えて尻尾を出す用の穴を作ったものである。
そのままお花は心地よさからゆっくりと夢の世界に旅立とうとしていたが、その前に冬香がむんずとその小さな顔を両手で包んだ。
「…………」
そのまま視線を合わすように誘導するとお花は眠たげにしながらも頬を薄く染めた。
「その、今日もいい……?」
「……ど、どうぞ」
そう言われてお花は目をゆったりと閉じた。そしてそれを確認してから冬香はゆっくりと顔を近づけて──
「ん、んっ」
柔らかく小さな唇を自分のそれで塞いだ。ピク、とお花が小さく跳ねたがすぐに力を抜いてそれを享受し始める。
お花と冬香の間で変わったこと、それはキスの許可である。許可、というと物々しい感じではあるが、冬香にとっては性欲と理性の折衷案というか、所謂妥協して何とかキスだけに留めている形である。
「ん、んっ……」
息継ぎの為に一度口を離して、すぐに欲しがるようにまた唇を落とす。
「は……ふぁっ」
タイミングを自分で作れる冬香は良いが、目を閉じているお花はそれがわからず触れ合うたびに声が漏れてしまう。それでもギューっと抱き着いている姿勢は崩さない。
どれくらいそうしていたか、気が付けばお互いに息が上がってしまったのでゆっくりと離れる。それが終了の合図である。
「はぁ、はっ……」
「ご、ごめん、大丈夫?」
いつもよりちょっと深くしてしまい、息が上がっているお花に冬香は心配そうに声を掛ける。
「あ、大丈夫、です。ちょっと長くて息苦しかったですけど……」
「ご、ごめんね」
ちょっと揶揄うようにお花にそう言われて冬香は謝るしかない。妥協でこうしているが日に日によくない感情が昂っているんじゃないかと彼女は気が気ではない。
それが終わってやっと二人して横になる。大きなベッドはそれぞれが広々と使っても問題はないが、彼女たちは毎日引っ付いて眠りにつく。
横になりお花を両腕で包みながら頭や背中を撫でてあげると彼女は心地よさそうに欠伸をして冬香に身を沈める。
「お花」
「……はい?」
シンと静まってから冬香はお花を呼ぶ。
「……あのね、これからも大変なこととか苦労することがたくさんあるかもしれないけど、その、離れないで欲しい……なって」
優しく、というよりは何かに怖がるように冬香はお花を抱き締めた。小さく体が震えているわけは彼女の捨てられた過去が影響しているに違いない。だけど、お花が小さな体で抱き返してきて、その震えがゆっくりと止まる。
「大丈夫です。ずっとそばにいるってあの時言ったじゃないですか」
ゴソゴソとお花が動く気配がして、何をしているんだろうと冬香が思った瞬間、唇に何か柔らかい物が触れて思わず目を見開く。目の前にはお花の瞳が映っていた。
「……お、お花?」
いつも自分からしているのでまさか彼女からしてくれるとは、そう思っていたら急にお花は顔を赤くして再び布団に沈み込んだ。
「お、おおおおやすみなさいっ!」
自分からしたのは恥ずかしかったのだろう。だけどそれも冬香のことを思っての事とわかり、彼女はもう一度お花を優しく両腕に抱いて、ゆっくりと瞳を閉じた。
「ありがとう、おやすみなさい」
一人の女性と、一人の妖孤の少女。現実離れな出会い方から始まった不思議な関係であったが、これからも彼女達はお互いの事を思いやりながら、ゆっくりと二人の時間を幸せに過ごしていくのだろう──
長らくお付き合い頂きありがとうございました!
無事に完結できたのも皆様のおかげです!
また次の作品もとっても百合な感じにしたいと思いますので、良かったらマイページからお気に入り登録などして頂けると凄く嬉しいです!
繰り返しになりますが、本当にありがとうございました!