5.狐の少女がやってきた
物理的要因で赤くなった頬を心配されながら冬香はお花という狐娘と一緒に帰宅していた。ピョコンと生えている狐耳や尻尾をそのままにしておくわけには行かず、それを説明すると少女はあっさりとそれを消し去った。
「化かすのは私達の本領ですから! これぐらい朝飯前です!」
狐少女から普通の少女になったお花は元気にそう言うと冬香の後についてきた。その装いはいつの間にか白無垢から淡い色合いの和服になっており、そこまで違和感らしい違和感はないもののとにかく滅茶苦茶である。
駅までの道中でポツポツと話していて冬香がわかったことは、お花は明るくて元気な娘ということだけであった。子供らしく無邪気で楽しそうに話す姿は落ち込んでいた彼女の気持ちを少し明るくしてくれるが、何分正体もわからないし当たり前のように家まで付いて来ようとしているあたりは不安でしょうがない。
「ほうほう、これが電車が走るという駅ですか! 実物で見るのは初めてです! え、切符? これがいるんですか?」
お花は浮世離れしているというか、現代のことは知らないようだった。自動販売機から車まで、実物は初めて見ますとはしゃぎまわる。そのあたりはあとでじっくり聞かねばならぬと冬香は溜息をつく。
切符はお花に、自分自身は交通系ICカードを使い「それはなんですか!?」と目を輝かせたお花に聞かれたが噛み砕いた説明が難しいので後ほどする、と適当に流した。
若干しょんぼりした彼女に恐ろしいほど罪悪感を覚えたが電車が来たらまたはしゃぎ始めたのでひとまずホッとする。
「なるほど! これが動く棺桶と呼ばれる箱なんですね」
「貴女の知っている情報は偏りがありそうね……」
そのまま電車は進み、冬香の住むアパートのある『夜ヶ谷』についた。ここは東京にある地域の一つで駅近くにスーパーなどの施設が集まっており、そこから少し歩くと住宅街が密集しているという土地だった。
「柊様のお住まいは近いんですか?」
「歩いて15分ぐらいのアパートだよ。そこでちゃんと貴女のことを教えてね」
「はい! お嫁さんとして何でもお話しします!」
その嫁という単語の説明からまず欲しいなぁと思いながら冬香とお花はゆっくりとした足取りで休日の昼下がりを歩いていく。とっくに止んだ天気雨、空は澄んだような青色一色の快晴だった。
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冬香の住む『短田ハイツ』は二階建てのアパートで、彼女の部屋は二階の隅部屋だった。真ん中の部屋は家賃は安いが1Kと狭く、隅部屋になると家賃は少し高いが1DKの間取りになり広くなるのでちょっと見栄を張ってそこにしたのだ。
実際、かなり広いという部屋ではないのだが一人で使う分には満足できる部屋だった。築年数が割と経っているので外装がかなりぼろいのが難点だが。
「ただいまー……」
「お邪魔しますっ」
疲れた声と快活な声が響く。部屋はそこまで汚くはないが決して綺麗ともいえない状態で、かつて部屋に住み始めた時に「定期的に掃除するぞ!」と意気込んでいたのか、あまり使用されていない掃除用具が部屋の隅っこに放置されている。
「とりあえずそこに座ってて。何か飲み物もってくるから」
「すみません、ありがとうございます!」
生活のメインになっている部屋にお花を通し、2リットルのペットボトルからコップにお茶を注ぐ。部屋に戻るとお花は狐耳と尻尾を再び生やしてキチンと正座して待っていた。
が、周りのテレビや小さな本棚などが気になるのか時々目を泳がせていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
喉が渇いていたのかわからないがお花はすぐにコップに口をつけた。小さな口で一生懸命に飲む姿は微笑ましささえもある。しかし今はほほえま~している余裕はない。
「それで」
「はい?」
話を切り出した冬香にお花は首を傾げる。
「貴女はなんなの?」
「お花、ですけど」
「名前じゃなくて! えっと、どこから聞けばいいのかな。えーっと……」
「ひとまず、私がここに来た理由からお話ししましょうか?」
「え? あ、うん。じゃあそれからで」
冬香一人だけが声を張り上げているだけで、お花はかなり落ち着いているようだった。本来知らないはずの土地、他人である冬香の家に上がり込んでいる段階で緊張するはずだが、そうした様子は微塵もない。
「先程もチラッと言いましたが私達は妖狐という種族です」
「妖怪に狐って書いて?」
「はい。その妖狐の中でもまた種族が別れまして、私達は人に尽くすことを生き甲斐とする献狐と呼ばれる種族です」
「けんこ……」
「私達は決まった年齢に達すると様々な世界に旅立ち、そこで定められた人と出会い、その方に尽くすのです」
「定められた、人?」
「はい。勿論、偶然出会った人というわけじゃありませんよ? 色々な条件下の中で選ばれた方に何かきっかけが与えられるんです。そうですね……ここ最近でそういう『きっかけ』みたいな何かがありませんでしたか?」
「……なにか、なにかねぇ」
ふと、思い出す。落ち込んでいた帰り道、突然渡されたチラシのことだ。振り返った時に誰もいなかったから少し不気味に感じていたあの件。
冬香は立ち上がるとそのチラシを持ってきた。何だか捨てるに捨てられず一応取っておいたのだ。
「あるとしたらこのチラシかなぁ。ここに電話してあの神社に行くように言われたから」
「ああ、これですこれです!」
お花はチラシを取ると嬉しそうに笑う。
「これは実は特殊な結界が貼ってあるんです。だから柊様以外にはただの紙に見えるはずですよ!」
「え? そうなの?」
「私みたいなまだまだ若輩者は知ることが出来ないのですが、何らかの基準で選ばれた人にこうして私達と出会うきっかけが渡されるわけです」
「へぇ……でも、受け取ったとして私がそれに何の反応もしなかったらどうなるの?」
「そういうことにはなりませんよ。これを渡された時点で全てのことが決まっているので」
何も疑わずにそういうお花に冬香は少しだけ寒気を覚えた。
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