49.新しい家
正月が終わり、連休も終われば日常が戻ってくる。果たして仕事のある日常が戻ってきて嬉しいかどうかは微妙なところだが、働いている以上はしょうがない話である。
それに今年に限っていえば時間の流れは冬香にとっては歓迎であった。
「次はこちらの物件になりますー」
愛想の良い女性に連れられて冬香はお花と一緒にとあるマンションを訪れていた。
「オートロック式で防犯もちゃんとしてますし、お部屋も数室あり広いのでお二人で住む分にはとても良いと思いますよー!」
今日は休日を利用して冬香とお花は引っ越すための家探しをしていた。今は条件に合いそうな場所を回っているところだ。
不動産への相談にあたり、身分証だとか様々な物が必要だったがそれは大晦日に任氏からもらっていた物で何も問題はなかった。多少関係性を怪しまれないか心配だったがそういうこともなく冬香はホッとしている。
「わぁ、凄い広い……!」
「この物件は寝室の広さも売りでして、快適なくつろぎ空間があるのも自慢ですね!」
今紹介されている物件は少し古いが立派な造りのマンションで、部屋数も多くお花と二人で住む分には悪くない。
(とりあえず候補としてはありかな)
話を聞きながら色々な算段を頭の中で展開する。少し前までは悲しいまでに仕事のために寝て起きてを繰り返していたおかげか貯金もあるし、金銭的な問題はない。
ただ、こういうのは即決で決めるよりも色々と回ってからちゃんと決めたいというのが冬香の考えである。
「お花から見てどう? この部屋」
「部屋もたくさんありますしすっごく綺麗です! 何より台所が広いのが凄くいいですね!」
「良いところに気づいてくださいました! このマンションは多機能なシステムキッチンにも力を入れてますよ!」
「しす……てむ?」
ちょっとわからない言葉もあったようだが、この物件をお花はかなり気に入っているようだった。
冬香的にもお花の評価基準はかなり参考にしたいところなので、この部屋の優先順位を引き上げる。
冬香は基本的に仕事で外に出ることが多いが、それに対してお花は家事をするので家にいることが多いので、出来るだけお花が住みやすいと思った部屋にしたいというのが冬香の率直な気持ちだ。
「それでは次の物件に行きましょうか!」
それからも色んなマンションを見学したりしたが、最終的にはお花が一番良いと言った部屋で話を進めていくことになった。
「今日はお疲れ様」
「冬香さんもお疲れさまでした!」
引っ越しの時期は相談した結果2月になった。3月になると就職引っ越しの時期と重なり業者が混むのでそれを考慮した結果だ。
「ちょっと予定よりも早まったから早めに引っ越しの準備をしないとね」
「荷物の纏めはある程度やっておきますから」
「うん、ごめんね。ちょっと任せることになるけど」
「いえいえ、気にしないでください! それよりも引っ越し楽しみですね!」
「……うん、そうだね」
ついちょっと前に新年を迎え、その一月後には引っ越しの準備を始めなくてはならない。嬉しい忙しさが冬香に訪れた。
仕事をしながら荷造りをしたり、引っ越し業者との打ち合わせをしたりとてんやわんやする所もあったが、お花の精一杯なサポートのおかげで何とか間に合わすことが出来た。
そしてそんなに多忙だったせいか、契約から引っ越しまでは本当にあっという間に過ぎて気が付いたら……
「というわけで……ここが私達の新しい家です!」
「おおー!」
新しい住処となるマンションの一室でテンションをあげている二人がいた。
かなり急ぎだったし、契約に関しても物凄いスピーディに運んでしまったが概ね満足であった。実際、話を聞けば二月が過ぎるあたりからかなり忙しくなるとのことで、そうなると対応が遅くなったり業者の料金も上がってしまうとのことで焦ったのも事実だ。
「引っ越しも上手くいってよかった。だけどちょっと家具とか色々足りないかなぁ」
「凄く広くなりましたもんね」
「せっかくだから早速買い出しに行ってみようか。周辺探索も兼ねて」
「はい! 行きましょう!」
同じ都内といえども場所が変われば色々変わる。この部屋を決めたのは近場に大きなスーパーなどの公共施設があることも決め手だったが、まだ自分達の足では確認していないのだ。
「それならついでにお昼ごはんもどこかで食べよっか。引っ越し祝いでお寿司でも食べに行く?」
「お寿司! いなり寿司を頼んでもいいですか!」
「今日は無礼講だから何でもいいよ!」
「やった! やりました!」
生活環境が変われば色々と新しい不安も出てくるだろうが、それでも今は一人じゃない。嬉しそうに手を組んでくるお花に笑いかけて冬香は新しいマンションから一歩踏み出した。
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次回の投稿は5/21の20時頃を予定しております。
当初の予定通り最終話となる予定ですが、どうぞよろしくお願いいたします!