47.年越しとご都合主義
「じ、任氏様、どうして……?」
「お花、お久しぶりですね。といっても一年も経っていないのですが」
そこにいたのは紛れもなく以前冬香の前に現れた任氏であった。ただ違うのは今日はその後ろに他の妖狐らしい人達を連れていることだ。
「えーっと?」
冬香は困惑していた。出てくるにしたってなんでまたこのタイミングでやってきたのかわからないからだ。今更になってやっぱりお花を連れ帰るなどと言わないとは思っているが身構えてしまう。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ただ貴女達二人だけだと寂しいかなと思って賑やかしに来ただけですから」
「賑やかしって……そんなホイホイこっちに来て大丈夫なんですか?」
困ったように冬香がそう言うと任氏はにこにこと笑って答える。
「もちろんこの境内から出ることはできませんけどね。だけど少し騒がしい方がいいでしょう? 折角の年越しなんですから」
そんな気軽な感じで大丈夫なのだろうかと思ったが、ふと隣のお花に目を向けると何だかソワソワしているようだった。
「お花、どうしたの?」
「あ、ごめんなさい。知り合いがいてちょっと驚いちゃったんです」
「知り合い?」
周りを見渡してみれば今この場でちゃんとした人間は冬香だけだった。それ以外は皆尻尾やら耳やら生えていて、何故か一番疎外感を覚えてしまう。
「年越しまであとちょっと時間があるから少し話して来たら?」
「え? でも……」
「久しぶりなんでしょ? あ、でも年越しは一緒に迎えたいからその時は戻ってきてね」
「うぅ、すいません気を使ってもらって……」
「いいからいいから。ほら、行ってきなさい」
「じゃ、じゃあちょっとだけ……」
何だかんだお花も同族の子と話したかったのだろう、ぺこりと頭を下げるとそのままお仲間の元に駆けて行った。
何だか寂しいような悔しいような……
「まあまあ、嫉妬までしてもらえるなんてお花は幸せ者ですねぇ」
そんな任氏の心を透かした一言に冬香は一瞬ムッとなってから溜息をつく。
「別に、お花を縛りたいわけじゃありませんし」
「いえいえ、いいんですよ。それぐらい想って貰えればお花も幸せというもの」
「いやだから……ああ、もういいや」
何を言っても微笑ましく見られるだけかと思って冬香は諦めて、そのままお花に視線を向けた。どうやら楽しく話しているようで時折笑ったり顔を赤くしていたりした。
「どうやら貴女との生活を聞かれて赤くなっているようですね。いつまでも初心なんですから」
「そりゃそうだよ。まだ子供でしょ……って、なにこれ!?」
ふと気が付いたらいつの間にか神社は何故かお祭りのように様変わりしていた。さっきまで何もなかったはずなのに屋台やら何やら出始めているではないか。
「あの、どうぞっ」
しかも甘酒まで配っている始末。冬香は目の前にやって来た若い妖狐からそれを差し出され思わず受け取ってしまう。
「ふふ、年越しはこれぐらい祝わないといけませんからね」
任氏も同じように受け取って一口飲んだ。冬香も口に含むとちょっとした甘い味が広がる。あまりアルコール臭い感じはなく飲みやすい。
「だけどさ、ただお祝いに来たってわけじゃないですよね?」
「あら、鋭いんですね」
ウフフ、と笑いながら任氏は懐をゴソゴソと漁りあるものを取り出した。
「これは?」
見た感じ書類が入るようなサイズの封筒だった。中身については何も言わず任氏はそれを冬香に渡す。
「どうぞ、今の貴女達に必要なものですよ」
「え?」
言われて封を開けて中身を確認した冬香は目を見開いた。
「こ、これって……!」
そこには何と『柊 花』という名義で様々な身分証明書の類が入っていたのだ。色々とツッコミたいところはあるが、しかしどうやってこれを入手したのだろうか。そんな疑問が顔に出ていたのか任氏は答える。
「簡単に言うと作ったんです」
「そ、それって偽造じゃないの!?」
「いえいえ、そんな生易しいものじゃありませんよ。色んな術と根回しを使ってますからね」
「えぇ……」
苗字が柊なのは別にいいとして、何だか危険な匂いがする。しかし、これから何かと必要になってくる可能性は高く、一緒に過ごしていく上で冬香にとっては一つの障害でもあった。
「別に危ない橋を渡ったわけではなく、お花という人物がこの日本にいるという常識を作っただけですから」
「……そんな魔法みたいな」
「別に受け取らなくてもいいんですよ?」
「うっ」
身元を証明する物はいつの時代だって大事だ。何かと必要になってくるかもしれないし、来年に予定している引っ越しの時だってもしかしたら使うことがあるかもしれない。
冬香は最終的にそれらを受け取ることにした。受け取らないという選択肢は元々なかったのかもしれないが。
「あと、役所の方でお花の身元関係の書類も手に入れられるようにしておいたので、必要なら利用してくださいね」
「いやほんとうに何したの!?」
「ふふふ……」
これが妖狐という種族なのか、お花も出掛ける時に使っている妖術みたいなものなのかもしれない。ただ冬香はあまりそのことについて深追いすることはやめた。聞いたところでどうしようもないし、とんでもない内容なら聞かないほうがいいと判断した。
「それが賢明ですよ。それに私にとっては特別なことでもないのでそのことを気にすることもやめてくださいね」
任氏曰く、色んな時代に妖狐を送り出す役目を持つ彼女は妖狐とその相手がちゃんと結ばれたことを確認してから、今日のように手助けをするまでが役目だと言う。
「まあ時代によってやり方は変わりますが……今回は書類関係を揃えるだけなのでとっても簡単でした」
「うーむ、スケールの規模がでかい」
まとめると今回はお花がちゃんと日本にいる人物として大丈夫なようにしてくれたということである。
「まあ、細かいことは気にしないほうがいいですよ。色々ね」
「は、はぁ……まあでも、ありがとうございます」
色々と気になることはあるが悪いことにはなってないし、寧ろその逆だ。冬香は貰った書類関係を封筒に戻してそれを持ってきたリュックにしまう。するとちょうどいいタイミングでお花が戻ってきた。
「冬香さん! そろそろ年が変わりますよ!」
「うぇっ、もうそんな時間!?」
慌てて腕時計の時間を確認するとあと数分で今年が終わるところであった。
「随分と話し込んでしまいましたね。お花も皆とは話せましたか?」
「は、はい! 皆元気でよかったです!」
そう言うお花の表情は明るい。当初の予定と違いちょっと賑やかになってしまったが、結果的にこれも良かったのかもしれない。
「冬香さんは任氏様とどんなお話をしてたんですか?」
「まあ色々かな。ちょっと説明すると長くなるから後で説明するね」
「はーい」
年越しまで一分を切った。本殿に続く階段、そこに座る冬香の隣にお花は腰を下ろす。
「ねぇ、お花」
「はい?」
「その、今更だけど……来年もよろしくね」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
そして二人が身を寄せた瞬間に、日付が変わった。
ここの神社ではないどこかの鐘の音が遠くで響いていた。
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